【映画コラム】最後まで謎が解明されない不条理劇『複製された男』
2014年7月19日

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 ポルトガル出身のノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの小説を、カナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化したミステリー『複製された男』が18日から公開された。もう一人の自分と遭遇するといういわゆるドッペルゲンガーを描いている。

 物語は、歴史教師のアダム(ジェイク・ギレンホール)が、偶然見た映画の中に自分とそっくりな俳優(ギレンホール=二役)を発見。その俳優のことが頭から離れなくなったアダムは、彼とのコンタクトを試みる。やがて2人は対面を果たすが、運命は互いの妻や恋人を巻き込みながら予想外の展開を見せ始めるというもの。

 ギレンホールが演じた二役は、同じ髪形に同じひげ、体つきも傷跡も同じという設定なので、服装の違いだけで判別するしかないのだが、これが鏡像を見せられているようで気味が悪い。

 そして、本作の原題は「エナミー(敵)」だが、互いが敵なのか味方なのか、なぜ2人が同時に存在するのか、血縁関係はあるのか、一体どちらがオリジナルでどちらがダブル=クローンなのかといった“謎”に関する説明は一切ない。

 しかも、画面が茶色くくすんだ色調で統一されているため、現実とも非現実ともつかない世界に迷い込んだような気分になる。それ故、観客は映画を見ながら、アダムが抱くアイデンティティーの危機に対する不安や焦燥、未知の存在に対する好奇心という相反する感情を共有することになるのだ。

 結局、最後まで謎は解明されず、見終わった後も気分は晴れないのだが、そこがまた本作の魅力でもある。ヴィルヌーヴ監督は「1度見ただけでは理解できないはず」と胸を張る。時にはこうした不条理劇から刺激を受けるのも悪くない。(田中雄二)

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