俳優の個性で見せる2本 ケイト・ブランシェットがオーケストラの指揮者を演じる『TAR/ター』/リーアム・ニーソンがアルツハイマー病に侵された殺し屋を演じる『MEMORY メモリー』【映画コラム】
2023年5月12日
『TAR/ター』(5月12日公開)

(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
ドイツの有名オーケストラで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター(ケイト・ブランシェット)。天才的な能力と優れたプロデュース力で、現在の地位に上り詰めたが、今はマーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんな中、かつて指導した若手指揮者が自殺したとの報が入り、ある疑惑をかけられたリディアは次第に追い詰められていく。
リディアは、レナード・バーンスタインの弟子で、音楽に対しては純粋で完璧主義者だが、上昇志向が強くごう慢で他人に対しては冷たい。エミー賞、グラミー賞、オスカー、トニー賞を全て受賞し、ドイツとアメリカをプライベートジェットで往復する日々を送る。ドイツ人の女性音楽家と同居するレズビアンで、2人で移民の養子を育てている。
そんな彼女があることをきっかけに、本性をあらわにし、壊れていく…。こうした複雑なキャラクターをブランシェットが見事に演じている。
今年のアカデミー賞の主演女優賞は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 』のミシェル・ヨーが受賞したが、多様化以前のアカデミー賞なら、この映画のブランシェットが受賞していたのではないかと感じた。それほどの熱演である。
全体を考えてみても、トッド・フィールドの16年ぶりの監督作となったこの映画は2時間38分の長尺だが、リディアを中心にしたディスカッションやトーク、心理サスペンス、そしてクラシック音楽を巧みに融合し、決して長くは感じさせない。
ただ、これは最近の映画やドラマの傾向なのだが、いろいろとLGBTQに結び付けて描くところには違和感が残る。それによって物語や設定に無理が生じる場合があるし、作り手が、必ずそれを入れ込まなければならないとでもいうような、一種の強迫観念にとらわれているようにも思えるからだ。この映画も、リディアを同性愛者にする必然性があまり感じられなかった。
-
2023年5月4日
1、2にも増して何でもありのごった煮感が魅力の『ガーディアンズ・オ... -
2023年4月14日
デジタルネットワークはもろ刃のつるぎ『search #サーチ2』/ダリオ・... -
2023年4月7日
他者への偏見、受容や差異についても考えさせられる『ザ・ホエール』/... -
2023年3月31日
イギリスにも渡辺勘治がいた! 黒澤明の名作をリメークした『生きる L... -
2023年3月24日
これは「殺人」ではなく「救い」なのか。介護に関する問題を提起した社... -
2023年3月17日
倒錯やフェティシズムに満ちたミステリー『メグレと若い女の死』/監督... -
2023年3月10日
シビアな状況でも、人は笑いで救われることもある『オットーという男』... -
2023年3月3日
好きなもの、熱中できるものを見つけることが大切と説く『フェイブルマ... -
2023年2月24日
映画を媒介として80年代初頭を表した『エンパイア・オブ・ライト』/9.1... -
2023年2月17日
余命わずかなシングルファーザーと息子の新しい家族探しの旅を描く『い... -
2023年2月10日
1920年代、ゴージャスでクレイジーな映画業界の裏側を描いた『バビロン... -
2023年2月6日
汚れ役ともいえる中島裕翔の“一人芝居”が見ものの『#マンホール』/全編... -
2023年1月27日
“小さな戦争”を描いた寓話『イニシェリン島の精霊』/ビートルズが今も... -
2023年1月20日
映画と映画館に恋をした少年。映画愛に満ちた『エンドロールのつづき』... -
2023年1月13日
天から選ばれた映画音楽の巨匠『モリコーネ 映画が恋した音楽家』/「... -
2023年1月6日
香港映画の光と影が浮かび上がる『カンフースタントマン 龍虎武師』/“... -
2022年12月31日
「2022年映画ベストテン」【映画コラム】 -
2022年12月23日
世界中を魅了した人気歌手の生涯とは『ホイットニー・ヒューストン I WA... -
2022年12月9日
日本独特の戦争映画の系譜に連なる『ラーゲリより愛を込めて』 ビート...
