イギリスにも渡辺勘治がいた! 黒澤明の名作をリメークした『生きる LIVING』【映画コラム】
2023年3月31日
『生きる LIVING』(3月31日公開)
仕事一筋に生きてきた公務員のウィリアムズは、自分ががんで余命いくばくもないことを知って絶望するが、頓挫していた公園建設に余命を注ぐことにより、自分の生きた証しを立て、満足しながらその人生を終える。
黒澤明の名作『生きる』(52)が、第2次世界大戦後、1953年のイギリスを舞台にしてよみがえった。『生きる』の主人公・渡辺勘治(志村喬)に当たるウィリアムズ役を名優ビル・ナイが演じる。
脚本はノーベル賞作家のカズオ・イシグロ。監督はオリバー・ハーマナス。エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープほかの共演。とにかくナイが素晴らしい。
時代設定を、わざわざ『生きる』が作られた頃と時を同じくすることで、同時期の日英両国の比較が楽しめ、「イギリスにも渡辺勘治がいた!」と思わせてくれる。
設定や物語は、ほぼオリジナル通りだが、例えば、勘治が歌う「ゴンドラの唄」は、ウィリアムズが歌うスコットランド民謡「Oh Rowan Tree(ナナカマド)」に変わり、日本独特の勘治の通夜の席での、酔った同僚たちによる会話と回想は、ウィリアムズの葬式帰りの同僚たちによる列車内での会話と回想に変わっている。
蒸気機関車での通勤風景もあり、ウィリアムズとルー・ウッドが演じるマーガレットが一緒に映画(『僕は戦争花嫁』(49))を見るシーンもあった。オリジナルとは、国や習慣が違うので、こうした改変はかえって面白く感じられ、興味深く映った。
ただ、オリジナルの小田切とよ(小田切みき)の役にあたるマーガレットを、玩具工場ではなく、パブ勤めにしたことで、公園建設に結びつく「課長さんも何か作ってみたら」という名せりふが消え、ウィリアムズの変心が唐突に見えるところがあった。
とはいえ、全体的に見れば、『羅生門』(50)に対する『暴行』(64)、『七人の侍』(54)に対する『荒野の七人』(60)、『用心棒』(61)に対する『荒野の用心棒』(64)に匹敵するような、黒澤映画の立派なリメーク作ができたといっても過言ではない。
特に、207分の『七人の侍』を128分の『荒野の七人』としたように、この映画も143分の『生きる』を102分とした。その整理の仕方が、また素晴らしかった。
脚本を書いたイシグロは「この映画はある意味、“小津(安二郎)ミーツ黒澤”。ビル・ナイが演じたウィリアムズのイメージは、志村喬よりも笠智衆に近いかもしれない」と語っている。
一時、ハリウッドでトム・ハンクス主演で『生きる』のリメーク作の製作が伝えられたが、今となっては、この映画の方でよかった気もする。
(田中雄二)
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