映画を媒介として80年代初頭を表した『エンパイア・オブ・ライト』/9.11事件後の真実に驚かされる『ワース 命の値段』【映画コラム】

2023年2月24日 / 10:06

『エンパイア・オブ・ライト』(2月23日公開)

(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 厳しい不況と社会不安に揺れる1980年代初頭のイギリス。海辺の町マーゲイトの映画館・エンパイア劇場で働くヒラリー(オリビア・コールマン)は、つらい過去のせいで心に闇を抱えていた。

 そんな彼女の前に、大学進学を諦めて映画館で働くことを決めた黒人青年スティーブン(マイケル・ウォード)が現れる。それでも前向きに生きるスティーブンとの交流を通して、生きる希望を見いだしていくヒラリーだったが…。

 サム・メンデス監督のこの映画に、映画館を舞台にした心温まる話を期待すると、いささか肩透かしを食らう。ハイミスで総合失調症の主人公と黒人で移民の若者を中心に置くことで、ジェンダーや人種の問題を無理に入れ込んだ感じがするし、80年代初頭のイギリスの世相はこんなに暗かったのかと感じて、こちらも暗たんたる気分になるからだ。

 ただ、“映画館を描く”ということに目を向けると興味深いものがあった。舞台となるエンパイア劇場は、『炎のランナー』(81)がプレミア上映されるようななかなか立派な映画館。

 時代背景が80~81年なので、『オール・ザット・ジャズ』(79)『ブルース・ブラザース』(80)『レイジング・ブル』(80)『エレファント・マン』(80)などの看板やポスターが映る。そして、『スター・クレイジー』(80)と『チャンス』(79)は、実際の画面が映るといった具合に、映画を媒介としてその時代を表している。

 特に、ヒラリーが『チャンス』を見て人生の真理を得るシーンは、『ハンナとその姉妹』(86)で、マルクス兄弟の『吾輩はカモである』(33)を見て救われたウディ・アレンや、『カイロの紫のバラ』(85)のミア・ファローの姿とも重なるところがあった。

 メンデス監督は、65年生まれだから、恐らく自身が少年時代に地元の映画館で見た映画のことが反映されているのだろう。

 ケネス・ブラナーの『ベルファスト』(21)もそうだったが、自分と同年代の監督が、映画の中に自身の映画の思い出を入れ込むと、自分の体験とも重なるところがあるので、見ていて何だか甘酸っぱい気分になる。しかも、この映画のスティーブンは、当時の自分と同じ年頃だ。

 それ故、もう少し素直に、映画や映画館への愛を描いてほしかった気がするが、それはないものねだりか。館長役のコリン・ファース、映写技師役のトビー・ジョーンズが相変わらずいい味を出していた。

 
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