【映画コラム】負のパワーに引き付けられ、圧倒される『ジョーカー』
2019年10月7日
心優しい大道芸人のアーサー(ホアキン・フェニックス)が、なぜ邪悪なジョーカーになったのか…。バットマンの宿敵誕生の物語を新たに創作した『ジョーカー』が公開された。
監督は『ハングオーバー』シリーズのトッド・フィリップス。これまでコメディー映画を中心に撮ってきた彼がこんな硬派な映画を撮るとは驚いたが、思えばこの映画も“笑いとは?”を描いている点でつながるのだ。
舞台は、1970~80年代の汚れたニューヨークを思わせるゴッサムシティ。全体的に暗く、救い難い設定や、孤独で醜悪なアーサーの姿を見ると嫌悪感すら浮かぶのに、かえって、そうした負のパワーに引き付けられ、圧倒される。
人を笑わせたいという願望がやがて狂気に変わるアーサーの姿は、悲しみと不気味さを併せ持つピエロの本質を鋭く突く。そして、道化師と笑い、という意味では、チャップリンの『モダン・タイムス』(36)が映り、ジミー・デュランテが歌う「スマイル」が流れるのも象徴的。エンドロールにはフランク・シナトラが歌う「悲しみのクラウン」も流れるのだから徹底している。
また、70~80年代に全盛を極めたロバート・デ・ニーロが、出演作の『キング・オブ・コメディ』(82)を思い出させるようなテレビショーの司会者を演じている皮肉も面白いし、アーサーに『タクシー ドライバー』(76)でデ・ニーロが演じたトラビスの姿が重なるところもある。恐らく、そうしたことを強調するためにデ・ニーロをキャスティングしたのだろう。
ところで、過去に、テレビドラマ「バットマン」でジョーカーを演じたシーザー・ロメロと、映画版(89)のジャック・ニコルソンにはコミカルなところもあったが、『ダークナイト』(08)のヒース・レジャーや、『スーサイド・スクワッド』(16)のジャレッド・レトのジョーカーは狂気が目立った。この映画のジョーカーは、そこに悲しみと醜悪さがプラスされ、エキセントリックな役柄を得意とするホアキンの独壇場の感がある。
何だか、こうしたホアキンの演技を見るたびに、もし、兄のリバー・フェニックスが生きていたらどんな俳優になっていただろうか、などと想像してしまう。
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