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『窓辺にて』(11月4日公開)
小説を1冊書いたものの、今はフリーライターをしている市川茂巳(稲垣吾郎)は、編集者でもある妻の紗衣(中村ゆり)が、担当している人気若手作家の荒川円(佐々木詩音)と浮気していることに気付いていたが、ショックを感じず、怒りの気持ちも湧かないことに戸惑っていた。
そんな中、市川は、『ラ・フランス』という小説で文学賞を受賞した高校生作家の久保留亜(玉城ティナ)から、小説のモデルになった人物と会ってみないかと誘われる。そして、さまざまな人物と触れ合う中で、市川は自分自身を見つめ直していく。
今泉力哉監督が、自身の脚本を使って撮った独特なラブストーリー。市川の抱く感情を通して、人が「こうあるべき」と考える“感情の基準”に疑問を投げ掛けるところがユニークだ。一番多いせりふは、市川が質問に対して、発する「えっ?」かもしれない。稲垣が、ほとんど感情を表に出さない市川を見事に演じている。
加えて、扱っているのが作家やライター、編集者ということもあり、ストーリーの流れやせりふに純文学のような味わいもある。
また、今泉監督は、登場人物の一人一人がきちんと浮き立つような演出をする。
今回も、主人公の市川はもちろん、妻と浮気相手の作家、高校生作家とその彼氏(倉悠貴)、知り合いのスポーツ選手(若葉竜也)とその妻(志田未来)と彼の浮気相手(穂志もえか)、そして、高校生作家の伯父(斉藤陽一郎)や妻の母(松金よね子)。
果ては、パチンコ店の客やタクシーの運転手まで、市川と関わる一人一人が印象に残る。だから、一見孤独に見える市川も、決してそうではないという救いが感じられるのだ。
本作は、先に行われた「第35回東京国際映画祭」で観客賞を受賞した。今泉監督は、受賞スピーチで次のように語った。
「私は、すごく個人的な小さな悩み、特に恋愛映画をずっと作り続けてきて…。世界には戦争やジェンダーの問題など、さまざまな問題がある中で、本当に小さな、取るに足らないような悩みなどを、恋愛を通じて、またコメディー的なことも含めて描こうと、今までやってきました。映画に限らず、小説などは、大きな問題を取り上げ、それについて語る側面があると思うのですが、自分は主人公が受動的だったり、見過ごされるような小さな問題を描き続けたいと思っています」
これは、ある意味、今泉監督の「こういう映画も必要なのだ。自分はこういう映画を作り続ける」という主張や自信の裏返しのようにも聞こえる。そして本作は、まさにそうした映画の最たるものだといってもいいだろう。
(田中雄二)