【映画コラム】みんなが成りたかった大人に成れるわけじゃない『海よりもまだ深く』
2016年5月21日
『そして父になる』(13)『海街diary』(15)に続く、是枝裕和監督の家族映画『海よりもまだ深く』が公開された。タイトルはテレサ・テンの「別れの予感」の一節から取られている。
本作の主人公は、いい年をした売れない小説家の篠田良多(阿部寛)。ギャンブル好きで夢想家の彼は、妻(真木よう子)に愛想を尽かされて離婚し、今は興信所に勤めて糊口をしのいでいる。
だが良多は、懲りもせずに調査費用をくすねたり、たまに団地で独り暮らしをする母の淑子(樹木希林)を訪ねては、金目の物をあさるという日々を送っている。良多は“成りたかった大人に成り損なった男”の典型だ。
是枝作品は『そして父になる』の二組の夫婦と病院で取り違えられた子ども、『海街diary』の三姉妹と異母妹というように、変則的な家族を描くことが多い。
今回も、別れた妻との復縁を望む駄目男、新たな人生に踏み出そうとする元妻、本当は祖母と暮したいと思っている息子、彼らを温かいまなざしで見詰める母という“元家族”の物語になっている。
そんな彼らの日常を淡々と描きながら、最後に台風という非日常を持ってきて、偶然一つ屋根の下に集った元家族が、嵐の一夜を過ごした後に選んだ未来とは…という山場を作り出す。このあたりの脚本は、あざとさ一歩手前のうまさである。また自身も団地出身という是枝監督による団地生活のリアルな描写も目を引く。
ところで、樹木が母を、阿部が息子を演じるという配役は、是枝監督作の『歩いても歩いても』(08)と同じだが、実はとし(淑)子と良多という役名も同じなのだ。
これは、例えば小津安二郎監督が別々の映画で原節子が演じる女性にあえて紀子と名乗らせたように、是枝監督の“家族を描く”という姿勢や一貫性を表わすサインなのかもしれない。(田中雄二)
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