【映画コラム】音楽と映画の心地良い融合『シング・ストリート 未来へのうた』
2016年7月10日
『ONCE ダブリンの街角で』(07)『はじまりのうた』(13)と、音楽を媒介にした愛すべき群像劇を撮ってきたジョン・カーニー監督の自伝的な要素を含んだ新作『シング・ストリート 未来へのうた』が公開された。
1985年、不況下のアイルランド、ダブリン。どん底の毎日を過ごす14歳の少年コナー(フェルディア・ウォルシュ・ピーロ)が、憧れの女の子ラフィーナ(ルーシー・ボイントン)の気を引くために、仲間と共に「シング・ストリート」というバンドを結成する。コナーは、ロックを愛する兄ブレンダン(ジャック・レイナー)の助言を受け、曲作りやミュージックビデオの製作に熱中しながら、ラフィーナへの思いを募らせていく。
本作の見どころの一つは、80年代のブリティッシュ音楽シーン(ビジュアル系バンド、MTVなど)の見事な再現。またロックバンドの活動を通して、二度と戻らぬ青春の日々への追憶を描くという手法は、大林宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』(92)にも通じるものがあるし、大人や権威に反抗する少年と少女の恋模様という点では『小さな恋のメロディ』(71)を思い出させるシーンもある。
そして、あくまでも未来を見詰めるコナーと、夢を失い、弟に希望を託すブレンダンという対照的な二人の姿を映すことで、現実の厳しさや、青春の甘さと苦さを同時に描き込むことにも成功している。映画の最後に 「すべての兄弟に捧ぐ」という献辞が表れるが、確かにロックはブレンダンのような年上の誰かから情報を得るという側面もあった。
また『はじまりのうた』では、ゲリラレコーディングを通して表現された“音楽が生み出す高揚感”や絆が、今回はバンドの曲作りのシーンに表れる。映画のためにそれらしきオリジナル曲をちゃんと用意するところもぬかりはない。
今後も『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(7月22日公開)、『ソング・オブ・ラホール』(8月13日公開)、『はじまりはヒップホップ』(8月公開)、『歌声にのった少年』(9月24日公開)、『イエスタデイ』(10月1日公開)など、音楽を媒介とするさまざまな映画が公開されるが、音楽と映画の心地良い融合を楽しむには、今のところカーニー作品が最強だ。(田中雄二)
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