【映画コラム】普遍的なテーマを内包したエロチックな寓話『蜜のあわれ』
2016年4月2日
室生犀星の幻想小説を映画化した『蜜のあわれ』が公開された。監督は石井岳龍。
自分のことを「あたい」と呼ぶ愛くるしい赤井赤子(二階堂ふみ)と、赤子から「おじさま」と呼ばれる老作家(大杉漣)。親子以上に年の離れた二人は、とめどない会話を交わし、夜になると体を寄せ合って寝るなど、仲むつまじく暮らしていた。
だが赤子にはある秘密があった。彼女の正体は変幻自在の真っ赤な金魚の化身だったのだ…。この二人に、作家といわくがあった女性の幽霊(真木よう子)が絡んで、艶やかで濃密な恋の物語が展開していく。
老作家の妄想から生まれた不条理この上ない情景に、最初は何とも奇妙な気分にさせられるのだが、徐々にこの不思議な世界に引き込まれていく。
見ているうちに、本作は不思議さの奥に、老いと若さ、性への執着、生と死といった普遍的なテーマを内包した一種の寓話(ぐうわ)なのだと気付かされるからだ。
若い二階堂が発散する小悪魔的なエロチシズムと愛らしさ、大杉が表現する老いの滑稽と哀れの対比が見事。登場シーンは少ないが、犀星が終生コンプレックスを抱いていた芥川龍之介(高良健吾)、赤子の秘密を知る金魚売り(永瀬正敏)も強く印象に残る。
ところで原作者の犀星は、執筆のきっかけは、少年と風船の“友情”を描いた『赤い風船』(56)にあったと告白している。そして執筆後「私は愛すべき映画『蜜のあわれ』の監督をいま終えたばかりなのである。漸く印刷の上の映画というものに永年惹きつけられていたが、いまそれを実際に指揮を完うし、観客の拍手を遠くに耳に入れようとしているのである」(原文ママ)と書いている。
本作の見どころの一つは、赤子が身につける赤いドレスの微妙な色合いをはじめとする映像美。撮影の笠松則通はフィルムで撮ることにこだわったという。映画を撮るような気持ちで執筆した犀星も、草葉の陰でさぞや喜んでいるのではないかという出来栄えである。(田中雄二)
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