【インタビュー】映画『アジアの天使』池松壮亮「本当に家族のようなチームでした」 石井裕也監督「日本では見せられないことが、海外だから見せられた」初挑戦したオール韓国ロケの手応えを語る

2021年7月1日 / 07:30

 7月2日から全国公開となる『アジアの天使』は、韓国の首都ソウルから地方に向かう列車の中で出会った日本と韓国の、言葉の通じない二組のきょうだいが、旅を通じて心を通わせていくさまを描いたロードムービー。これまで何度もコンビを組んできた出演者の池松壮亮と石井裕也監督(脚本も兼任)は、今回初めてオール韓国ロケでの撮影に挑戦した。異国の地で新境地に挑んだ手応え、作品に込めた思いを聞いた。

池松壮亮(左)と石井裕也監督

-この映画は、韓国と日本の二組のきょうだいが、コミュニケーションの難しさを乗り越えていく物語ですが、実際に、韓国ロケで体験したことと重なる部分もあったのでしょうか。

池松 そうですね。あったと思います。同じ国の人同士でも分断は起こるわけですし、それが国も言葉も文化も違うとなると、人と人とが向き合うことは簡単ではありません。さらに、今世界中で利己主義、ナショナリズムの風潮が強まっていて、日本と韓国においても、この映画の企画から準備の最中、撮影に至るまでの数年間は、戦後最悪の関係とも言われていました。そして、この脚本は、集団芸のような要素が強くありました。おのおのが頑張ってもいい作品を目指せるものではなく、それぞれが補い合うことの方が重要だと感じました。石井さんが脚本にまいたその種をどうみんなでカバーし合って実らせていくかを、日々考えていました。普段とは違う価値観やルールのもと、コロナの影響もあり、たくさんのトラブルに見舞われましたが、何かトラブルが起きれば、誰かがそれを補おうとする。そんなふうに、困難を乗り越えていった結果、家族のようなものの実感がそれぞれに生まれたような現場でした。国を超えた二つの家族の話だからこそだと思います。

-池松さんがおっしゃった「家族の話だから、みんなが互いを補った」ということを、石井監督は最初から計算に入れていたのでしょうか。

石井 計算に入れていた部分はあります。この映画で描いているのは、日本人と韓国人が分かり合うのと同じぐらい、同じ国籍で同じ言葉を話している家族同士でも分かり合うことは難しい、ということです。そういう人間たちがどう溶け合っていくのか、という物語です。撮影現場全体もそうやって溶け合っていくことを意図して脚本を書いていました。でも、実際の映画の中では、自分が計算した以上の作用が生まれていた。初号試写で初めて完成した映画を見たとき、そのことに驚愕(きょうがく)しました。映画とか家族とか、対象は何でもいいんですけど、それを信じることの尊さや温かさが、ここまで映画に出るものかと。それは「人生で初めて」と言っていいぐらいの衝撃的な体験でした。

-そういう意味では、お二人は、撮影中、シェアハウスで一緒に暮らしたと伺っています。その手応えは?

池松 そうなんです。日本じゃあり得ない特殊な経験でした。でも、経験してみたら、実はものすごくいいんじゃないかと思いました。常時そこにいたのは5~6人ぐらいでしたけど、日々撮影を終えて帰ってくると、みんな自然とリビングに集まってくる。そこでビールを開け、今日はどうだった、ああだったと、全然関係ないことも含めて井戸端会議のようなことがずーっと続く。その無駄も含めたたわいない時間や対話の積み重ねの渦から、いつしか真理のようなものが浮かび上がってくることが度々ありました。黒澤明の脚本作りスタイルではないですが、日々の顔色や気分を確認し合うだけでも意味があるように思いました。そもちろん映画を撮影してきたんですけど、どこか一緒に長く困難な旅をしてきたという感覚が残っています。韓国チームも、本当にお酒が大好きで、撮影に入ってからも毎晩キャストチームで一緒にご飯を食べていました。

-そういう熱量みたいなものが、映画からも伝わってきました。

石井 だから、「映画を作った」という言い方もできるけど、「みんなで一つの強烈な体験をして、それがたまたま撮られちゃった」みたいな感じでもありますよね(笑)。

-ある意味、ドキュメンタリー的な要素があると?

石井 物語と撮影現場全体が重なり合ったということだと思います。

-俳優の方は、相手の芝居を受けて自分の芝居が生まれるわけですが、今回は共演する韓国の俳優の言葉が分かりませんよね。その点はいかがでしたか。

池松 脚本を読んでいるので、だいたいどんなことを言っているのかは分かるんですけど…。今、相手が何を言っているのかがよく分からないからこそ、よりシンプルになれるというか。言葉ではなく、相手の態度とか、何とか伝えようとする意思とか、そういうものに敏感になってきますし、そこから情報を得ようとするようになっていきます。そこがこの映画の異質で圧倒的に面白いところの一つだと思っていますし、映画表現として、とても面白いものだと思います。

石井 池松くんが言ったように、脚本を読んでいるのでもちろん理解できているところもあれば、実は理解できていないところもある。その上、「互いに理解できていない」という設定の日本人と韓国人を、池松くんや韓国の俳優が演じて、それを本当に理解できているのか分からないカメラマンが撮るわけです。だから、みんな探り探りで、何かをよりどころにして何とか迫ろうとしていたんです。その“真摯(しんし)さ”、“愛情”みたいなものが最終的に映画に忍び込んだのかな。それがすごく新しかったな…と。それかな…?

池松 それかぁ…。

石井 つまり、「理解できないかもしれない」という可能性をお互いにきちんと感じながら、愛を持ってその対象に迫ろうとする。「理解できるんだ」という前提で迫るよりも、そっちの方が誠実ですよね。そういう“優しさ”とか“誠実さ”みたいなものが、映画に出ていたんじゃないかな…と。

池松 素晴らしい。見つけてしまった感じですね…。

石井 自分で言っていて、恥ずかしくなったけど(笑)。

 
  • 1
  • 2

特集・インタビューFEATURE & INTERVIEW

玉置玲央「柄本佑くんのおかげで、幸せな気持ちで道兼の最期を迎えられました」強烈な印象を残した藤原道兼役【「光る君へ」インタビュー】

ドラマ2024年5月5日

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。5月5日放送の第十八回で、主人公まひろ/紫式部(吉高由里子)にとっては母の仇に当たる藤原道長(柄本佑)の兄・藤原道兼が壮絶な最期を迎えた。衝撃の第一回から物語の原動力のひとつとなり、視聴者に強烈 … 続きを読む

「光る君へ」第十七回「うつろい」朝廷内の権力闘争の傍らで描かれるまひろの成長【大河ドラマコラム】

ドラマ2024年5月4日

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。4月28日に放送された第十七回「うつろい」では、藤原道長(柄本佑)の兄である関白・藤原道隆(井浦新)の最期が描かれた。病で死期を悟った道隆が、嫡男・伊周(三浦翔平)の将来を案じて一条天皇(塩野瑛 … 続きを読む

妻夫木聡「家族のために生きているんだなと思う」 渡辺謙「日々の瞬間の積み重ねが人生になっていく」 北川悦吏子脚本ドラマ「生きとし生けるもの」【インタビュー】

ドラマ2024年5月3日

 妻夫木聡と渡辺謙が主演するテレビ東京開局60周年特別企画ドラマスペシャル「生きとし生けるもの」が5月6日に放送される。北川悦吏子氏が脚本を担当した本作は、人生に悩む医者と余命宣告された患者の2人が「人は何のために生き、何を残すのか」という … 続きを読む

城田優、日本から世界へ「日本っていいなと誇らしく思えるショーを作り上げたい」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2024年5月3日

 城田優がプロデュースするエンターテインメントショー「TOKYO~the city of music and love~」が5月14日から開幕する。本公演は、東京の魅力をショーという形で世界に発信するために立ち上がったプロジェクト。城田が実 … 続きを読む

【週末映画コラム】台湾関連のラブストーリーを2本『青春18×2 君へと続く道』/『赤い糸 輪廻のひみつ』

映画2024年5月3日

『青春18×2 君へと続く道』(5月3日公開)  18年前の台湾。高校3年生のジミー(シュー・グァンハン)は、アルバイト先のカラオケ店で4歳年上の日本人バックパッカーのアミ(清原果耶)と出会い、天真らんまんでだがどこかミステリアスな彼女に恋 … 続きを読む

Willfriends

page top