「いろんなことを忘れないでいてほしいと思ってこの映画を撮った」『あんのこと』入江悠監督【インタビュー】

2024年6月6日 / 08:00

-刑事役の佐藤二朗さん。彼は杏にとってはある意味恩人ですが、他の人にはひどいこともするみたいな、人間の多面性が出ていたと思うんですけど、彼はいかがでしたか。

 佐藤さんもすごく繊細な方でした。なるべく演技を抑制して、やり過ぎないように、杏に寄り添っていくというのを、すごく心掛けていらっしゃるなと思いました。撮影中に一番いろんなことを話したのは佐藤さんかもしれません。「この刑事はどういうことをするんだろう」とか、「たばこをポイ捨てする芝居をやってみようと思うけど、どう思う」とか、そういうディスカッションをたくさんしました。

-記者役の稲垣吾郎さん。彼の役も、仕事と情のはざまで悩むような役でしたが、彼がカラオケを歌うところが面白かったです。

 カラオケの場面は、この3人の関係性が一番いい時だったので、その高揚感が出ればと思って作りました。ブルーハーツの曲を僕が選んで、歌ってもらったんですけど、すごく面白かったです。稲垣さんが一生懸命歌ってくれている。あまりうま過ぎずに歌うところがいかにも一般人という感じがしてよかった。なじんでいていいんですよね。生活感があって。

-この3人のアンサンブルが印象的でしたが、演出していてどんな感じでしたか。

 楽しそうでしたね。ラーメン屋のシーンとかもそうですけど、社会的に置かれた環境も違うし、職業も違うんだけど、たまたま出会った3人の距離がだんだんと近くなっていくという。ご本人たちも 楽しんでいる感じでした。撮っていて、こちらもすごく幸せな気持ちになりました。

-その分、その後に起きることとのギャップが大きくて、余計にやるせなさを感じたんですけれども…。

 そうですね。そこはもう本当に現実にコロナ禍の時に僕らが体験したことだと思うんですけど、人と会ってはいけないとか、近づいてはいけないみたいなことを急に要請されて、分断されていくみたいなことがあって。やっぱり1人になってしまうと、すごく孤立してしまうというか、悩みごとも気軽に相談できないし。その空気感は、自分もコロナ禍の2020年を思い出しながら撮っていて、実際に映画の中でも、どんどん杏が孤立してくので、 あそこはやっぱり苦しかったです。

-これから映画を見る読者に向けて一言お願いします。

 僕は、いろんなことを忘れないでいてほしいと思っています。それはこういう事件だけではなく、自分の身近なことでもいいと思うんです。この前はこうできなかったけど、次はこうしようみたいなことを忘れないでいたら、少しは未来がよくなるんじゃないかなと。そういうことをこの映画を見て思っていただけたらうれしいです。それこそ、隣人が困っていたら、声を掛けるでもいいんですけど、そういうふうに思えたらいいなと。やっぱり現実を忘れさせるだけが映画の使命ではないので。

(取材・文・写真/田中雄二)

(C)2023『あんのこと』製作委員会

  • 1
  • 2
 

特集・インタビューFEATURE & INTERVIEW

門脇麦、「芝居に対してすごく熱い」田中圭と夫婦役で5度目の共演 舞台「陽気な幽霊」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2025年4月2日

-ところで、門脇さんは映像作品でもご活躍されていますが、舞台に立たれることに対してはどのような思いがありますか。  気持ちの面では変わらないですが、舞台はカメラが寄ってくれるわけではないので、声や体の所作で伝えなければいけないと思います。映 … 続きを読む

今田美桜「『アンパンマン』のように、幅広い世代に愛される作品に」連続テレビ小説「あんぱん」いよいよスタート!【インタビュー】

ドラマ2025年4月1日

-高知県の「やなせたかし記念館 アンパンマンミュージアム」も訪問されたそうですね、  「アンパンマンミュージアム」には二度伺いました。どちらの日も親子連れでいっぱいで、改めて『アンパンマン』という作品が幅広い世代に愛されていることを知り、「 … 続きを読む

坂本昌行&増田貴久がミュージカルで初共演「笑顔になって、幸せになって帰っていただけたら」 ミュージカル「ホリデイ・イン」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2025年4月1日

-なるほど。では、坂本さんは増田さんのテッド、増田さんは坂本さんのジムについてはどんな印象がありますか。 坂本 テッドは一見すると自分の意見を押し通して歩んでいるように見えるけれども、実は周りを自然と幸せにしたり、勇気づけたりするタイプの役 … 続きを読む

藤原竜也が挑む「マクベス」 「1日1日、壁を突破することが目標」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2025年3月29日

-では、鋼太郎さんの演出の魅力はどこに感じていますか。  鋼太郎さんらしい的確に丁寧な演出をつけてもらえるので、われわれとしてはやりやすいです。尊敬していますし、シェークスピア作品の演出家としてこの方の右に出るものは今、日本にはいないんじゃ … 続きを読む

竈門炭治郎を演じる阪本奨悟が語る、舞台「鬼滅の刃」の魅力 「生身の人間が演じているからこそ、リアルに共感できる」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2025年3月28日

-炭治郎のどんなところに魅力を感じていますか。  優しいところです。言葉にするとすごく薄っぺらく感じますが、僕だったら自分の家族が殺されたら恨み殺してやると思ってしまうかもしれません。心が歪んでしまってもおかしくない状況なのに、炭治郎は純粋 … 続きを読む

Willfriends

page top