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「今までにないぐらい、宮藤官九郎さんの心の熱い部分が出ている気がします」三宅弘城(黒坂辛作)【「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」インタビュー】

 1936(昭和11)年のベルリンオリンピックで、日本代表としてマラソンに出場した朝鮮出身の孫基偵選手が、金栗四三(中村勘九郎)以来の悲願だった金メダルを獲得。このとき、孫選手と3位の南昇竜選手が履いていたのが、金栗が東京のハリマヤ製作所の主・黒坂辛作と共に開発したマラソン用の足袋だった。そのハリマヤには、新たに増野りく(杉咲花)や小松勝(仲野太賀)が訪れるようになり、新しい時代を迎えつつある。長きにわたって日本のマラソンを支えてきた黒坂辛作役の三宅弘城が、撮影の舞台裏を語ってくれた。

黒坂辛作役の三宅弘城

-第35回、ベルリンオリンピックでハリマヤの足袋を履いた朝鮮出身の孫選手が、マラソンで金メダルを取りましたね。

 辛作さんにとっては、喜びもひとしおだったに違いありません。自分が作った足袋を履いた選手が金メダルを取ると言う、金栗さん以来の悲願がかなったわけですから。「日本人だろうが、朝鮮人だろうが、ドイツ人だろうが、アメリカ人だろうが、俺の作った足袋を履いて走った選手はちゃんと応援するし、勝ったらうれしい」というせりふに、その気持ちが表れています。僕も、今まで描かれてきたオリンピックの場面の中で、一番感動しました。

-かつてハリマヤには、金栗さんや美川(秀信/勝地涼)くんが暮らしていましたが、時代が変わって、今は次の世代の増野りくや小松勝たちが訪れるようになりました。演じる上で、気持ちの変化はありますか。

 辛作さんは、ハリマヤに来る人にしか会いませんが、いろいろな人が集まってくるので、ハリマヤちょっとした憩いの場や公民館のような場所になっていますよね。今では辛作さんも年を取った分、以前ほどの勢いはなくなり、落ち着いた感じになってきました。いずれにしても自分より若い人たちなので、親心のようなものは、金栗さんがいたときから変わっていません。ただ、小松勝に関しては、金栗さんの弟子なので信用しつつも、「またちょっと違うタイプのおかしなやつが来たぞ」とは思ったんでしょうね(笑)。

-第35回の冒頭には、五りん(神木隆之介)が1961(昭和36)年のハリマヤを訪れる場面もありました。辛作もさらに年を取っていましたが、演じてみた感想は?

 感慨深かったです。辛作さん、長生きしていろいろなものを見ているんだな…と。ずっと足袋しか置いていなかった店の様相も、大きく変わっていたので、だいぶ時間がたっていることを実感しました。まるで歴史の生き証人になった気分です(笑)。

-黒坂辛作という人をどのように見ていますか。

 典型的な下町の職人ですよね。本当は優しいんだけれど、照れ屋な性格が邪魔して、口の利き方が乱暴になったり…。僕も13年ほど東京の葛飾区で暮らし、ああいう“べらんめえ調”のおじさんたちの中で多感な時期を過ごしたので、とても共感できます。自分の仕事にプライドを持っている職人という点では、僕も似た部分がありますし。役者としても、監督や演出家からのオーダーに対して、「できない」とは言いたくないんですよね。極力、注文には応えたいし、無理な場合でもなんとか近づけるように、頭をひねってお芝居を考えることもありますから。そういうところは、辛作さんにも通じるなと。

-金栗四三役の中村勘九郎さんの印象は?

 とても心のある役者さんです。一緒にやっていると、お芝居に感動させられたり、こっちを乗せてくれたりするので、楽しいです。撮影のときは何度かリハーサルを繰り返しますが、本番になるとそれ以上のすごいものを見せてくれますし…。舞台では、同じことを何度も繰り返さなければならないので、それに合わせた芝居を探っていくことになりますが、映像の場合、本番は一発勝負。歌舞伎の経験が長い勘九郎さんも、そういう映像の特徴を理解して、思う存分、楽しんでいるような気がします。

-田畑政治役の阿部サダヲさんとは親しい間柄だと思いますが、この作品で改めて受けた印象は?

 「この人、こんなにすごかったっけ…!?」と(笑)。田畑役にぴったりですが、せりふを覚えるとき、台本を声に出して読まないという話を聞き、改めて感心しました。阿部くんも宮藤(官九郎/脚本家)さんも、お互いのことをよく分かっている。だから、宮藤さんは阿部くんがこう演じるだろうと思って台本を書き、それを阿部くんが越えてくるという、ものすごいバトルが2人の間で繰り広げられているのではないでしょうか。

-同じくなじみの深い宮藤官九郎さんの脚本の魅力は?

 面白いのはもちろんですが、毎回泣けるのがすごいです。読んでいると、毎回グッときてしまいます。そういう意味で、この作品には今までにないぐらい、宮藤さんの心の熱い部分が出ている気がします。一つ一つのせりふにも力があって、ご自身でも役者をやられているせいか、スッと体に入ってきやすい言葉遣いになっているし、気持ちがものすごく伝わってくる。それくらい熱い台本に仕上がっています。

-黒坂辛作を演じてみて感じたことは?

 前面に立たず、屋台骨を支えるという意味では、バンドのドラムと一緒だな…と。立って演奏する人たちは自由に動けますが、ドラムは大抵、一番後ろにいて動くことができません。でも、ドラムがしっかりしているバンドは、安心して見ていられる。金栗さんも、辛作さんがいなければあんなに走ることはできなかっただろうと考えると、共通点はあるなと。そういう意味では、役者も同じです。衣装を着せてもらって、きれいにメークしてもらって、照明を当てていただいて、音を拾っていただいて、撮っていただくことで初めて成り立つ。一人で放り出されても、何もできませんから。改めてスタッフの皆さんに対する感謝の気持ちが湧いてきました。

(取材・文/井上健一)

黒坂辛作役の三宅弘城

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