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「森山未來さんは、一度か二度の稽古で話を覚えてしまいました」古今亭菊之丞(落語指導)【「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」インタビュー】

 大きな期待を背負って出場したストックホルムオリンピックで、途中棄権という結果に終わった金栗四三(中村勘九郎)。同じ頃、日本では落語家となった美濃部孝蔵(若き日の古今亭志ん生/森山未來)が、酔っ払ったまま初高座に上がり、大失敗をやらかすことに…。本作では、主人公・金栗四三と同時代を生きた落語家・古今亭志ん生(ビートたけし)が物語のナビゲートを務め、その若い頃の破天荒な生きざまも見どころとなっている。落語指導を担当するのは、志ん生の孫弟子に当たる古今亭菊之丞。孝蔵役の森山未來の印象なども含め、落語指導の舞台裏を語ってくれた。

落語指導の古今亭菊之丞

-第13回では、若き日の志ん生=孝蔵が初高座に上がる場面がありました。森山さん演じる孝蔵の印象はいかがでしょうか。

 見事だと思います。実は撮影に入る前、森山さんから「関西出身の僕に、後にたけしさんになるような役ができるでしょうか」と相談を受けたんです。そこで、浅草の小料理屋さんへ行き、一流の歌舞伎役者の方々と付き合いのあった芸者さんと話をすることにしました。そうやって、いろいろ聞いた上で出た結論が、「深く考えるのはやめよう」(笑)。というのも、あまり“江戸っ子”を意識し過ぎると、かえってそう見えないだろうと。だから、「自然にやりゃあ、いいのよ」という話になり、森山さんも「分かりました」と。「どう頑張っても、たけしさんにかなうわけはないので、僕はそのようにやります」とおっしゃって、今は見事に演じていらっしゃいます。

-志ん生が全体の物語をナビゲートすることを知ったときの感想は?

 古今亭の人間としては、うれしいことだと思いました。明治から昭和にかけて物語を俯瞰する役割に、(三遊亭)圓生でもなく、(桂)文楽でもなく、(林家)正蔵でもなく、志ん生という人を選んでくれた。そのことにまず、感謝の念が湧きました。

-落語指導を依頼されたときのお気持ちは?

 とてもうれしかったです。志ん生が亡くなったのは昭和48年ですが、私は昭和47年生まれなので、実際の志ん生を知りません。本当は、志ん生を知っている先輩がいっぱいいるんです。ただ、私の師匠の古今亭円菊は、志ん生の教えを受けてきた人。ですから、師匠を通して志ん生を見るという形で、私もそのDNAは受け継いでいるわけです。そんなわけで、お話を頂いたときは、ものすごく光栄で有り難いことだなと。

-落語指導というのは、具体的にどんなことをするのでしょうか。

 まず、宮藤(官九郎)さんが書かれた原稿を頂き、落語の間違いがあれば直します。それが台本として出来上がるわけですが、書かれている部分だけでは落語としては足りません。その前後の部分が必要になります。そこで、私が前後を含めて演じて見せて、スタッフの方がビデオに撮り、それを文章に起こしたものを役者さんが覚える。だから、役者さんは大変です。覚える量が増えるわけですから(笑)。

-それから稽古をつけるのでしょうか。

 そうですね。私がまずやって見せて、次に役者さんにやっていただき、その都度直していく…。本職の落語家と同じような稽古になります。ただ、役者さんに対しては、より丁寧に指導するようにしています。「こういう目線でやってください」、「こんなつもりでやってください」、「ここは一息でしゃべっちゃってください」という感じで。本職の落語家に対しては、あまりそういうことは言いませんから。あとは、現場に張り付いて、高座でしゃべっているところを見て、間違っていればその場で直す…という感じです。

-稽古にはどのぐらいの時間をかけるのでしょうか。

 役者さんや演じる役によって違います。森山さんは、一つの話を一度か二度の稽古で覚えてしまいました。ご苦労されたのは、松尾スズキさんだと思います。何しろ、演じる橘家円喬は、“名人”と言われた人物。うまく見えなければいけません。ドラマでは、直前の落語家と同じ話をやって大爆笑を取る、なんて場面もあるわけですから。私の方からは「慌てなくて結構です。ゆっくりやった方が、名人に見えますから」といった話をさせていただきました。同じ三遊派の落語家ということで、モデルとして三遊亭圓生をご紹介し、参考にCDを聞いていただいたりもしました。

-役者さんに指導する上で、心掛けていることは?

 一貫して言っているのは、「演じようとせず、自然にやってください」ということです。演じようとすると、どうしても「演じている」という違和感が出てきますから。そこで、「自分の言葉で言いやすいように、台本を多少逸脱しても構いません」ともお伝えするようにしています。

-宮藤官九郎さんが書かれた物語の感想は?

 宮藤さんはとても落語好きな方で、たくさんの落語が頭に入っているようです。だから、「金栗さんの言葉をこう持ってきたら、この落語のこの部分とオーバーラップするんじゃないか」と、ものすごく考えて書かれている。「時代が交差する部分が分かりにくい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、よく見ると、金栗さんの言葉に突っ込みを入れる志ん生…なんて場面には、落語がうまく使われているんです。だから、落語を知っている人が見ると「あの部分ね」と分かる。そういうものを見つけるのも、このドラマの楽しみ方の一つです。もちろん、落語を知らなくても楽しめますが、知っていればなお楽しめるようになっているのは、さすが宮藤さんです。

-このドラマに期待していることは?

 オリンピックが主題になっていますが、スタッフが目指しているものは「明るく、楽しい大河」。日本中を明るくしたい。その一点だと思うんです。その要素の一つとして、落語がある。僕らとしては、志ん生がどんな人で、どんな落語をやっていたのかということを知ってもらえるのがうれしいところです。第13回でも、酔っ払ったまま初高座に上がる場面がありましたが、あんな破天荒な人はもう二度と出てきませんから。これからそんな姿がどんどん描かれていくと思うので、ドラマを元気に盛り上げていけたらいいですね。

(取材・文/井上健一)

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