「山田洋次流のコメディーというのは、こういうもんだよ」というのが、とても面白かった 『こんにちは、母さん』大泉洋【インタビュー】

2023年8月28日 / 10:30

 大会社で人事部長を務める神崎昭夫は、職場では常に神経をすり減らし、私生活では妻との離婚問題や大学生の娘(永野芽郁)との関係に頭を抱える日々を送っていた。そんなある日、母・福江が暮らす向島の実家を久々に訪れた昭夫は、母の福江(吉永小百合)の様子が変化していることに気付く。

 山田洋次監督が劇作家・永井愛の同名戯曲を映画化した、東京の下町に生きる家族が織りなす人間模様を描いた人情劇『こんにちは、母さん』が、9月1日から全国公開される。本作で主人公の昭夫を演じた大泉洋に、山田監督の演出や映画についての思いを聞いた。

(C)エンタメOVO

-山田組には今回が初参加でしたが、大泉さんはもともと寅さんの物まねをしていたと聞きました。そんな憧れの山田洋次監督の演出で特に印象に残ったことを聞かせてください。

 今回は、実家の下町の足袋屋さんがセットだったんですが、セットに入った瞬間に、寅さんみたいだと思って興奮しましたね。あとは、監督のつける演出というのが実に細かい。だけど、それは決してやりにくいというわけではない。監督の映画の面白い部分というのは、監督が細やかに演出をして生まれてくる笑いなんだというのを再認識しました。現場で、監督が「じゃあ、こう言ってくれる?」と、台本とは違うせりふが出てくることもあったんですが、それが非常に面白い。現場で生まれる監督のアイデアでどんどん面白くなっていくんだと思いました。

 監督の演出で面白かったのは、(同僚役の)宮藤(官九郎)さんとも「すごいよね」って言ったんですけど、宮藤さんが居酒屋でトイレに入ろうとするシーンがあって、「春のうららの~」って歌いながら行ってドアを開けると、そこに人が入っている。それで「ノックぐらいしろ」って怒られる。これが全部台本にはなくてその場で足されたもの。

 それで、普通はドアを開けた瞬間に、「わあ、すいません」って閉めますよね。だから宮藤さんもそういうお芝居をしたら、監督が「そうじゃない。トイレに入っている人を目にしても、そのまま『隅田川~』って歌うんだ」って(笑)。これは本来ならおかしい。普通なら開けた瞬間に「わあっ」ってなるじゃないですか。でも監督は「入っている人を見ながら『隅田川~』って歌うんだ。それがコメディーなんだ」って。

 宮藤さんが「とても勉強になった」っておっしゃっていましたが、僕も、そう言われてみれば、寅さんとかでそういうものを見てきた気もする。僕たちはそういうものを見て育ったのかもしれないなと思いました。

 もう一つ、僕が実家で一人で飯を食っていると、(娘役の永野)芽郁ちゃんと(母親役の吉永)小百合さんが帰ってきて、泥棒じゃないかと思って「泥棒」って言うんだけど、そのときは確実に僕を見ていて、もうお父さんだって分かっているんです。でも監督は「分かっていてもいいんだ。分かっていても『泥棒』って言うんだよ。人間、そんなに単純なもんじゃないんだ」って。それが何かとても面白いんです。

-その場で生まれた笑いやアイデアを取り込んでいくから、生き生きとした笑いが生まれるという…。

 そうですね。監督には確固たる自信もあって、「山田洋次流のコメディーというのは、こういうもんだよ」というのが、とても面白かったし、僕もその方が面白いなと思うんです。それを見事にやってのけちゃう。さすがだなと思いました。

-吉永小百合さんと親子役で共演してみて感じたことを。

 僕がこの映画に決まったときに、「吉永小百合から大泉洋は生まれないと思う」とコメントしたんですけど、今日の舞台あいさつにしても、「吉永小百合から俺が生まれるのも不思議だけれど、俺から永野芽郁が生まれ出てくるというのも、どうもおかしいな」と思いながら見ていたわけです(笑)。だから、やっぱりそこは役者の皆さんの力なのかなと。小百合さんと現場でお会いしたときには、何の違和感もなく、お母さんに見えました。

 一番最初に「母さん」って話し掛けるんですけど、監督は非常に細かく演出をつけるんです。「最初『母さん』って言っても、向こうは分からない。それで、客だと思って対応するんだけど、それに対して、ちょっといらっとしたりする。『俺だよ。何で分かんないんだよ』と」みたいなところまで、非常に細かく演出される。だからすごくリアルになるし、「なるほど、そっちで行くんですね」というのがとても面白かったです。

-「吉永小百合から大泉洋は生まれない」というコメントですが、映画を見ると、ちゃんと親子に見えました。そこが山田監督のすごさなのかなという気もしたのですが、親子を演じるに当たって、監督から細かい指示はありましたか。

 「母さん」の言い方一つにも細かい指示があるくらいですから、もう全てに対して細かい演出があって、そこに母親に対する思いが出ていたりもする。監督ご自身の、母親とのエピソードみたいなものも話してくださったんです。それがまた、なるほどと思えるもので、監督の中ではそういうこともあったんだなって。そういうお話を聞いて、昭夫にフィードバックする部分も多かったし、とても有意義でした。

 意外だったのは、原作の舞台劇では息子は母親に対してもっと激しく抵抗するんです。「何やってんだよ、いい年して恋なんてするなよ」って。だけどこの映画の中では、そこまで激しくないんです。そこには監督の、自分の母親への思いみたいなものがあったんじゃないかなって気がします。だから母親に対する複雑な思いみたいなものも、何となく感じながら演じていました。

 
  • 1
  • 2

特集・インタビューFEATURE & INTERVIEW

【映画コラム】「2025年映画ベストテン」

映画2025年12月28日

 今回は、筆者の独断と偏見による「2025年公開映画ベストテン」を発表し、今年を締めくくりたいと思う。 【外国映画】  2025年公開の外国映画を振り返った時に、今年の米アカデミー賞での受賞作は最近の映画界の傾向を象徴するようで興味深いもの … 続きを読む

【Kカルチャーの視点】家族の情緒が国境を越える、俳優ムン・ソリが語る「おつかれさま」ヒットの理由

ドラマ2025年12月26日

 今年のヒットドラマ、Netflixシリーズ「おつかれさま」。子どもから親へと成長していく女性の人生とその家族を描き、幅広い世代から支持され大きな話題を呼んだ。IU(アイユー)との二人一役で主人公エスンを演じたムン・ソリに、ドラマの振り返り … 続きを読む

田中麗奈「こじらせ男の滑稽で切ない愛の行方を皆さんに見届けていただきたいと思います」『星と月は天の穴』【インタビュー】

映画2025年12月24日

 脚本家としても著名な荒井晴彦監督が、『花腐し』(23)に続いて綾野剛を主演に迎え、作家・吉行淳之介の同名小説を映画化した『星と月は天の穴』が12月19日から全国公開された。過去の恋愛経験から女性を愛することを恐れながらも愛されたい願望をこ … 続きを読む

天海祐希、田中哲司、小日向文世、でんでん、塚地武雅「12年の集大成を見届けてください!」大ヒットシリーズ、ついに完結! 劇場版「緊急取調室 THE FINAL」【インタビュー】

映画2025年12月23日

 2014年1月にスタートしたテレビ朝日系列の大ヒットドラマ「緊急取調室」。たたき上げの取調官・真壁有希子が、可視化設備の整った特別取調室で取り調べを行う専門チーム「緊急事案対応取調班(通称:キントリ)」のメンバーとともに、数々の凶悪犯と一 … 続きを読む

【映画コラム】時空を超えた愛の行方は『楓』『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』『星と月は天の穴』

映画2025年12月20日

『楓』(12月19日公開)  須永恵と恋人の木下亜子は、共通の趣味である天文の本や望遠鏡に囲まれながら幸せな日々を送っていた。しかし実は本当の恵は1カ月前にニュージーランドで事故死しており、現在亜子と一緒にいるのは、恵のふりをした双子の兄・ … 続きを読む

Willfriends

page top