【インタビュー】『凪待ち』白石和彌監督「香取慎吾さんは、今まで出会ったどの俳優とも違う。衝撃を受けました」

2019年6月28日 / 14:11

 香取慎吾の新たな挑戦。それは、人生のどん底でもがき続ける男を演じることだった。日々を無為に過ごす木野本郁男(香取)は、一緒に暮らす恋人・亜弓(西田尚美)の故郷・石巻で人生をやり直すことを決める。好きだったギャンブルからも足を洗い、亜弓とその娘・美波(恒松祐里)、漁師として働く亜弓の父・勝美(吉澤健)と共に新たな生活を始める。だが、ある事件が再び郁男をどん底に突き落とす…。6月28日からTOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開となる『凪待ち』で、今まで誰も見たことがない香取の姿をカメラに収めたのは、『孤狼の血』(18)、『麻雀放浪記2020』(19)の白石和彌監督。現場で間近に見た俳優・香取慎吾の姿とは。

白石和彌監督

-現場で目にした香取さんの印象は?

 今まで出会ったどの役者さんとも違った印象で、かなり衝撃を受けました。最初に「演じるのがそんなに得意ではないんです。最初の印象を大切にしたいので、台本はあまり読み込まないようにしています」と言っていました。だから、現場に来ると「この前のシーンはどんな感じでしたっけ?」と一つずつ流れを確認していく。ただ、そこで僕が説明していくと、きちんとその内容にアジャストしてくれるんです。その様子が、まさに「動物的」とでもいう感じで…。

-その場で、というのはすごいですね。

 僕はもともと、現場でせりふを足したり、台本にないシーンとシーンの間を撮ったりするのが好きなタイプ。俳優さんによっては、そういうことが苦手な方もいらっしゃいますが、香取さんは説明すると「分かりました」と言って、全部OKなんです。だから、どんどんそういうお願いが増えていきました。それであのクオリティーの芝居を見せてくれる。演じるとは何か、役者とは一体何かと、根源的な問題について、改めて考えさせられるほどでした。

-芝居については、そうやって現場で調整しながら作っていく感じでしたか。

 そうですね。ただ、僕が説明し切れていない部分まで、話し方やいろいろなところからニュアンスをくんでいる節がありました。「本当に言いたいことは、こういうことでは?」という感じで。

-ものすごい理解力ですね。

 本当にすごいと思います。いろいろな人の話を、ものすごく聞いている。それこそ、スタッフ同士の会話まで。そういうところからも、恐らく何かを理解しようとしているのでしょう。ものすごい集中力です。

-監督としては、演出する上でどんなふうに接しましたか。

 そのあたりは普通に会話しながらです。ただ、香取さんは、どうやったら撮影がうまくいくかということが、他の人よりも分かっている。だから、「殴られ方はこっちの方がいいですね」とか「カメラはどこですか。じゃあ、こういうふうにします」という会話がスムーズに通じる。自分でコンサートの演出などをやっていたからでしょう。本当にクレバーな人だな…と。

-こういう駄目な男を演じるということに関しては、今までとは違う自分を見せたいという意欲もあったのでしょうか。

 どうでしょう。ただ僕にも、新しい一歩を踏み出している以上は、今までとは違う香取慎吾を引き出したいという、作り手としての欲はあるわけです。そこで、こういうものを提案してみた。場合によっては断られる部分もあるかな…と思ったのですが、話をしてみたら「分かりました。やります」と。だから、そのあたりは僕の思いを感じて、それを面白いと思ってもらえたのではないでしょうか。

-この作品に懸ける香取さんの意気込みのようなものは感じましたか。

 もちろん、それはあったと思います。ただ、何かを頑張るような役でもないので、その意気込みは表面的には伝わりづらいところもありましたが。とはいえ、現場ではリリー・フランキーさんなど、付き合いの長い人たちとにぎやかに盛り上がることも、エキストラの方に囲まれることもなく、集中していましたから。ちょっと近寄りがたい雰囲気すら感じました。

-白石監督ご自身は、郁男というキャラクターに対してどんな思いがありましたか。

 郁男は駄目男ではあるものの、極悪人ではありません。優しさがあって、もともとは真面目な人間。ただ、社会の問題なのか何なのか、ちょっとしたことで足を踏み外してしまったために、転がり続けてどうにもならなくなってしまう…。今の日本の社会には、そういう人がたくさんいると思うんです。郁男というキャラクターが、多少なりともそういうものを映す鏡になるのではないかと。

 
  • 1
  • 2

特集・インタビューFEATURE & INTERVIEW

南沙良「人間関係に悩む人たちに寄り添えたら」井樫彩監督「南さんは陽彩役にぴったり」期待の新鋭2人が挑んだ鮮烈な青春映画『愛されなくても別に』【インタビュー】

映画2025年7月4日

 第42 回吉川英治文学新人賞を受賞した武田綾乃の小説を原作にした鮮烈な青春映画『愛されなくても別に』が、7月4日公開となる。浪費家の母(河井青葉)に代わってアルバイトで生活を支えながら、奨学金で大学に通う主人公・宮田陽彩が、過酷な境遇を受 … 続きを読む

紅ゆずる、歌舞伎町の女王役に意欲「女王としてのたたずまいや圧倒的な存在感を作っていけたら」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2025年7月4日

 2019年に宝塚歌劇団を退団して以降、今も多方面で活躍を続ける紅ゆずる。7月13日から開幕する、ふぉ~ゆ~ meets 梅棒「Only 1,NOT No.1」では初めて全編ノン・バーバル(せりふなし)の作品に挑戦する。  物語の舞台は歌舞 … 続きを読む

【Kカルチャーの視点】異領域を融合する舞台芸術、演出家イ・インボの挑戦

舞台・ミュージカル2025年7月3日

 グローバルな広がりを見せるKカルチャー。日韓国交正常化60周年を記念し、6月28日に大阪市内で上演された「職人の時間 光と風」は、数ある韓国公演の中でも異彩を放っていた。文化をただ“見せる”のではなく、伝統×現代、職人×芸人、工芸×舞台芸 … 続きを読む

毎熊克哉「桐島が最後に何で名乗ったのかも観客の皆さんが自由に想像してくれるんじゃないかと思いました」『「桐島です」』【インタビュー】 

映画2025年7月3日

 1970年代に起こった連続企業爆破事件の指名手配犯で、約半世紀におよぶ逃亡生活の末に病死した桐島聡の人生を、高橋伴明監督が映画化した『「桐島です」』が、7月4日から全国公開される。本作で主人公の桐島聡を演じた毎熊克哉に話を聞いた。 -桐島 … 続きを読む

磯村勇斗&堀田真由、ともにデビュー10年を迎え「挑戦の年になる」 ドラマ「僕達はまだその星の校則を知らない」【インタビュー】

ドラマ2025年7月2日

 磯村勇斗主演、堀田真由、稲垣吾郎が出演するカンテレ・フジテレビ系“月10ドラマ”「僕達はまだその星の校則を知らない」が7月14日から放送スタートする。本作は、独特の感性を持つがゆえに何事にも臆病で不器用な主人公・白鳥健治(磯村勇斗)が、少 … 続きを読む

Willfriends

page top