【インタビュー】『ボヤージュ・オブ・タイム』中谷美紀「寸分の隙もない完璧を通り越した作品でした」

2017年3月7日 / 07:00

 宇宙創世のビッグバンに始まり、生命の誕生から進化、そして未来まで。壮大な宇宙の歴史を90分に凝縮し、圧倒的な映像美と共に再現したテレンス・マリック監督の『ボヤージュ・オブ・タイム』が、3月10日から公開される。この至高の映像体験に観客をいざなう日本語版のナレーターを務めたのは女優の中谷美紀。「完璧を通り越した作品」と絶賛する本作について、ナレーションの裏話や映画の見どころを聞いた。

ナレーションを務めた中谷美紀

ナレーションを務めた中谷美紀

-まず、映画の感想をお聞かせください。

 何よりも最初に感じたのは、魂を優しくマッサージされているような感覚でした。生と死、善と悪、始まりと終わり、といったあらゆるものが込められたこの作品には、呼吸が止まるような驚きの瞬間がある一方で、温かいものに包まれて呼吸が楽になるような安堵の感情も湧いてきました。美しいものに触れた時、最も生きがいを感じる私にとって、こんなに心地良いものはなく、寸分の隙もない完璧を通り越した作品でした。

-ナレーションを依頼された時は、どう思いましたか。

 英語版では圧倒的な素晴らしい映像に、ケイト・ブランシェットさんがさまざまな感情を込めた、これ以上ないほど心地良いナレーションを付けてくださっています。こんな素晴らしい作品に携わらせていただけるのはありがたいことですが、ケイトさんの完成度にはかなわないし、私は必要ないのではないかと思いました。でも、プロデューサーのソフォクレス・タシオリスさんから「人間は字幕を目で追うと、頭で考えて、思考が働いてしまう。この作品では、そのメッセージを美しい映像と共にダイレクトに心で感じてほしい。そのためには各国の母国語で話す人間が必要なのです」と伺って、ようやく腑に落ちました。

-ナレーションでは、どんなことを心掛けましたか。

 これまでも、テレンス・マリック監督の作品ではナレーションが多く使われてきましたが、いずれも大仰な芝居を求めていない印象がありました。私も普段から、女優として演じる時も、ナレーションの仕事をする時も、シルクやカシミアのようにもろくて繊細なものを届けるような気持ちで臨んできました。自分が前に出るのではなく、あくまでも媒介に徹するということです。マリック監督も、ご自身が前に出て注目を浴びることは望まない方だと伺っています。この作品でも、場面ごとに多少の感情の起伏はありますが、それを微妙な違いで表してほしいというお話をタシオリスさんから伺ったので、その辺りは注意を払いました。

-ナレーションでは、“私”という一人称が使われます。この“私”とは誰でしょうか。

 恐らく、さまざまな問いに答えを探し求める人類全てのことではないでしょうか。神の不在を嘆くような言葉が随所に使われており、聖書に通じる部分もありますが、決してキリスト教徒だけに向けた作品ではありません。むしろ、東洋哲学に近い考え方が込められているので、われわれ東洋人の方が理解しやすいかもしれません。

-この映画で印象に残ったのは、どんな部分でしょうか。

 宇宙の歴史をたどる中で、われわれが普通に暮らしている中ではうかがい知ることのできない自然の厳しさや、弱肉強食といった世界を見せてくれます。世界中で撮影されていますが、自然の映像に関してはものすごくこだわっていて、12人もの科学者が科学的な整合性を検証した上で作ったそうです。どうやって撮ったのかと思うような映像の連続で、宇宙創世のビッグバンの場面も、てっきりものすごく精巧なCGだと思っていたら、本物の火を使って撮影したとのこと。宇宙の創世をそのまま目撃しているような気分は、なかなか味わえませんよね。

-映像に対するマリック監督のこだわりが全編にあふれていますね。

 極力本物にこだわって、上質な映像を作ろうという姿勢はすごいです。個人的な思いを、趣味の映画に終わらせず、きちんとエンターテインメントに昇華させる巧みさにも、ひれ伏すしかありません。マリック監督の頭の中をのぞいてみたいです(笑)。

-映画の冒頭には、マリック監督が公開される国ごとに異なるメッセージを添えています。

 日本版には、曹洞宗の宗祖・道元の言葉が引用されています。私が最も腑に落ちたのが、インド向けのメッセージです。そこには、「ブラフマー、ビシュヌ、シバ」というヒンズー教の三大神の名前だけが書かれていました。ブラフマーは創造の神、ビシュヌは保全の神、シバは破壊の神。それが、創造と破壊を繰り返すこの世界の全てを表しているような気がしました。

-マリック監督に対しては、どんな印象をお持ちでしょうか。

 光の操り方が極上で、まるで魔術師のようです。『シン・レッド・ライン』(98)や『ツリー・オブ・ライフ』(11)はもちろん、モン・サン=ミシェルを舞台にした『トゥ・ザ・ワンダー』(12)もすごくすてきでした。決して表面的ではなく、生きる存在そのものを問うような、人の心を揺さぶる素晴らしい作品を作る方です。観客を強引に導くのではなく、そっと背中を押してくれるような懐の深さを感じます。

-観客には、この映画をどのように楽しんでほしいですか。

 この映画は、考えようと思えばいくらでも深く考えられると同時に、何かに気づかせてくれる作品でもあります。その一方で、アロマを炊いたり、静かに音楽を流したりするように、シンプルに美しい映像を楽しむこともできます。もしかしたら、深く考えながら見る大人よりも、お子さんの方がこの作品の意味をダイレクトに理解してくれるかもしれませんね。

(取材・文/井上健一)

『ボヤージュ・オブ・タイム』
2017年3月10日(金) TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー。
配給:ギャガ

(C) 2016 Voyage of Time UG (haftungsbeschränkt). All Rights Reserved.

(C) 2016 Voyage of Time UG (haftungsbeschränkt). All Rights Reserved.


特集・インタビューFEATURE & INTERVIEW

南沙良「人間関係に悩む人たちに寄り添えたら」井樫彩監督「南さんは陽彩役にぴったり」期待の新鋭2人が挑んだ鮮烈な青春映画『愛されなくても別に』【インタビュー】

映画2025年7月4日

 第42 回吉川英治文学新人賞を受賞した武田綾乃の小説を原作にした鮮烈な青春映画『愛されなくても別に』が、7月4日公開となる。浪費家の母(河井青葉)に代わってアルバイトで生活を支えながら、奨学金で大学に通う主人公・宮田陽彩が、過酷な境遇を受 … 続きを読む

紅ゆずる、歌舞伎町の女王役に意欲「女王としてのたたずまいや圧倒的な存在感を作っていけたら」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2025年7月4日

 2019年に宝塚歌劇団を退団して以降、今も多方面で活躍を続ける紅ゆずる。7月13日から開幕する、ふぉ~ゆ~ meets 梅棒「Only 1,NOT No.1」では初めて全編ノン・バーバル(せりふなし)の作品に挑戦する。  物語の舞台は歌舞 … 続きを読む

【Kカルチャーの視点】異領域を融合する舞台芸術、演出家イ・インボの挑戦

舞台・ミュージカル2025年7月3日

 グローバルな広がりを見せるKカルチャー。日韓国交正常化60周年を記念し、6月28日に大阪市内で上演された「職人の時間 光と風」は、数ある韓国公演の中でも異彩を放っていた。文化をただ“見せる”のではなく、伝統×現代、職人×芸人、工芸×舞台芸 … 続きを読む

毎熊克哉「桐島が最後に何で名乗ったのかも観客の皆さんが自由に想像してくれるんじゃないかと思いました」『「桐島です」』【インタビュー】 

映画2025年7月3日

 1970年代に起こった連続企業爆破事件の指名手配犯で、約半世紀におよぶ逃亡生活の末に病死した桐島聡の人生を、高橋伴明監督が映画化した『「桐島です」』が、7月4日から全国公開される。本作で主人公の桐島聡を演じた毎熊克哉に話を聞いた。 -桐島 … 続きを読む

磯村勇斗&堀田真由、ともにデビュー10年を迎え「挑戦の年になる」 ドラマ「僕達はまだその星の校則を知らない」【インタビュー】

ドラマ2025年7月2日

 磯村勇斗主演、堀田真由、稲垣吾郎が出演するカンテレ・フジテレビ系“月10ドラマ”「僕達はまだその星の校則を知らない」が7月14日から放送スタートする。本作は、独特の感性を持つがゆえに何事にも臆病で不器用な主人公・白鳥健治(磯村勇斗)が、少 … 続きを読む

Willfriends

page top