2018年にシアターコクーンで上演され、各所から称賛を浴びたオリジナルの舞台を、脚本・監督の三浦大輔と主演の藤ヶ谷太輔が再タッグを組み、映画化した『そして僕は途方に暮れる』が、1月13日から公開される。本作で藤ヶ谷が演じるのは、平凡なフリーター・菅原裕一。ほんのささいなことから、恋人、親友、先輩や後輩、家族…とあらゆる人間関係を断ち切り、逃亡する姿を描く。藤ヶ谷と三浦監督に、過酷だったという撮影の裏話を聞いた。
-この作品を映画にという思いは、以前からあったのですか。
三浦 舞台を作っている時から、映像化できないかなという思いはずっとありました。僕の中で、藤ヶ谷くんの表情がとても印象的だったんです。その表情を映像ならばもっと伝えられるし、舞台とはまた違った『そして僕は途方に暮れる』ができるんじゃないかとも思っていたので、今回、なんとか実現できて良かったです。
-藤ヶ谷さんは、映画化の話を聞いてどう感じましたか。
藤ヶ谷 また裕一に会えるんだという喜びと、舞台でできなかったことを立体としてお見せできるのではないかという期待があったのですが、同時に、これは相当ハードな撮影になるなと(笑)。
-実際に、ハードな撮影になりましたか。
藤ヶ谷 まず、楽しかった思い出は一つもないです。なので、舞台あいさつで共演者の方と、「あのシーンではあんなことあったよね」「やめてくださいよー」みたいな、楽しいやり取りは一切できないと思います(笑)。舞台の稽古もそうでしたが、三浦さんの中での「OK」はどこなのか、小さな穴に細い針を通し続けるような感覚で演じていました。ここだ!と思っても、次のシーンではそこじゃないこともあって…。
-OKテイクが出るときは、藤ヶ谷さん自身にも手応えはありましたか。
藤ヶ谷 あるときもありましたし、分からないときもありました。一回でOKということは100パーセントなかったので、模索しながら演じていました。なので、出来上がった映像を見たときに、自分がどんどんやつれていく感じがリアルに映っていて、こんなことになっていたんだと(笑)。この現場に、裕一にしてもらったという感覚でした。三浦さんは、こうしてお話していても分かるように、すごく柔らかい方で、撮影のときも、お昼ご飯を食べながら「今日こそ早く帰りたいよね」なんて会話をしているんですよ。それなのに、現場に入ってモニターの前に座ると人格が変わるんです(笑)。
三浦 それは僕の悪いところです(笑)。藤ヶ谷くんが全身全霊で演じてくださっていたので、僕としても必死にならざるを得なかったんです。
-舞台の演出とはまた違う感覚でしたか。
三浦 むしろ僕がテイクを重ねるのは、舞台出身ということが関係しているのかもしれません。舞台は、その場で起きたことを稽古して作り上げていくものだと思うので、映像でも同じようにその場で細かい点まで訂正しながら完璧に作り上げるものだと、どこか考えてしまっているのだと思います。僕がまだ力を抜くべきところだったり、時間をかける必要性だったりをつかみ切れていなくて、全カットを必死に撮ってしまうということは反省点としてあります。
-三浦監督から見た、俳優・藤ヶ谷太輔の魅力とは?
三浦 (本作で藤ヶ谷が演じた)菅原という役は本当に難しい役だと思います。クズで駄目な男ですが、どこか愛らしさがあるという絶妙なさじ加減が必要ですが、それを藤ヶ谷くんはうまく体現してくれていました。それに、役者としても素直な人なので、うそがつけない。それは素晴らしい魅力だと思いますが、それ故に、テイクを繰り返すと、新鮮な気持ちが落ちてきて調節が大変だったのかなと思います。それから、今回は、舞台のときの裕一を取り戻すまでに“助走”があったように感じました。最初は、「裕一ってこんな感じだったのかな」と探っているところがあったように思いますが、どこかでスイッチが入った。舞台のときに、僕のイメージする菅原をかなり細かく伝えていたので、(今回の撮影では)藤ヶ谷くんがものにした菅原にさらに肉付けされたものが見えてきたように思います。藤ヶ谷くんの本質的なものもこぼれ落ちていたので、この藤ヶ谷くんを撮っていれば映画として成立するなと確信しながら撮影していました。
藤ヶ谷 そのお言葉を頂けて、すごくうれしいです。舞台をやっていなかったら、どうなっていたか分からない撮影でしたから(笑)。舞台から共演しているあっちゃん(前田敦子)もアッキー(中尾明慶)もいたからチームが出来上がっている安心感がありましたし、“地獄の現場”もみんなで頑張れたんだと思います(笑)。
-ポスターにもなっている東京・新宿での撮影も大変だったのでは?
三浦 あのシーンも大変でした。
藤ヶ谷 リハーサルも入れると、100回弱ぐらいやったんじゃないかな。三浦さんから「日本語にない表情をしてほしい」と言われたんですよ。「日本語にないってどういうことだろう」とかなり悩みました(笑)。人通りも多かったので、「あっ、藤ヶ谷くんだ!」「キスマイだ!」とたくさんの人だかりができたのですが、延々と撮影しているので、興奮していた野次馬の人たちが「そろそろ帰ろっか」って(笑)。最後には誰もいなくなったんです。僕も一緒に帰りたかった(笑)。
三浦 ロケ地を探していたときに、かなり迷ったんです。コロナ禍での撮影だったので、それまでは華やかな街だったのに、電気が消えていたりして…。テクニカル的な面でも大変なことが多かったので、腹をくくるまではかなり悩みました。ただ、菅原の行く道としては、あの場所が合っていると思ったんです。映画館へと続く“ゴジラロード”と呼ばれるあの道は、わい雑なものと文化的な映画館が混在している面白い場所です。菅原は、そこからどこに向かうのか。映画館に行くのかもしれないし、いかがわしいお店に行くのかもしれない(笑)。いろいろな意味に取れるので、彼の終わり方としてはここを終着点にするのがいいのかなと思ったんです。真っすぐに続いている道なので、彼の行く末を案じているようなイメージもあって。大変ではありましたが、良かったと思っています。
-ところで、三浦さんの作品は、どの作品も主人公が“菅原裕一”、その彼女が“里美”という名前です。これにはどういう思いがあるのですか。
三浦 それほど意味はないんですよ。似たような駄目な男が登場するので、 “菅原裕一”に統一したら面白いかなと思ってやっているというだけなんです(笑)。自分の中ではあまり考えずに、最初から「主役・菅原」と書いているので、習慣になっているようなところがあるのかもしれません。最近は、「何代目菅原」と呼ばれていて、藤ヶ谷くんは、多分、20代目ぐらいかな(笑)。それも面白いかなと思っています。
(取材・文・写真/嶋田真己)