オリンピックの参加費用捻出に悩む金栗四三(中村勘九郎)の窮地を救ったのは、熊本の兄・実次だった。地元の資産家に頭を下げて金策に走ってくれた実次や家族、仲間たちの声援を受けた四三は、いよいよ開催地のストックホルムへ旅立つ。金栗家の長としての厳しさと、弟思いの優しさを併せ持つ実次を人間味たっぷりに演じるのは、大河ドラマ「八重の桜」(13)をはじめ、数々の作品で活躍する中村獅童。同じ歌舞伎役者の中村勘九郎と兄弟役で共演した感想、実次役にまつわる意外なエピソードなどを語ってくれた。
-同じ歌舞伎俳優の中村勘九郎さんと兄弟役で共演した感想は?
ものすごくうれしいです。勘九郎さんとは新春浅草歌舞伎という若手の公演で10年近く一緒にやってきた仲。亡くなった勘三郎兄さん(十八代目、中村勘三郎/勘九郎の父)にも、僕は息子のようにかわいがっていただきました。ですから、勘九郎さんが大河ドラマの主役を務めるなら、勘三郎兄さんへの思いも含めて、多少なりとも力になれれば…と思いながら演じています。
-間近で見ている勘九郎さんの役作りについては、どんな印象を持っていますか。
クランクインの前から、歌舞伎の公演が終わった後に走るなど、並々ならぬ意気込みで体作りをしていたことは知っていました。「全身全霊、心を込めて演じる」というのが、勘三郎兄さんの教え。僕らはそう教わってきたので、勘九郎さんも主役の責任をしっかり持って役作りを行い、年代に合わせた四三の変化を細かく表現していると思います。
-実次は弟思いの兄という役ですが、演じてみた感想は?
勘九郎さんとは一緒に育ってきたので、お芝居をする上でも思い入れが深くなります。それともう一つ。台本を読みながら、「誰かに似ているな…?」と思っていたんです。しばらくして、ふと気付いたのが「うちの親父だ」と(笑)。弟思いという点で、実次さんは父に似たところがあるんです。
-どんな部分でしょうか。
父は小川三喜雄という名で、子どもの頃に歌舞伎を廃業し、銀行で働いていました。ところが、弟の(萬屋)錦之介が東映の映画に出るようになると、父も銀行を辞めて東映に入り、錦之介の映画をプロデュースするようになったんです。錦之介が亡くなったときも、それまで泣いた姿を見たことのなかった父が、人目もはばからずに泣いていました。そういう弟思いの優しい人でした。それに加えて、昔かたぎで真っすぐな性格で、熱いところもある。そんな点も実次さんに似ているな…と。
-四三の活躍を知った実次の思いについては、どう受け止めていますか。
とても喜んでいますよね。父親を早くに亡くし、自分は一家の長という責任がある中で、自分のできなかったことを弟が実現しているわけですから。これもまた、父を思い出す部分です。
-というと?
僕が「歌舞伎役者をやりたい」と伝えたとき、父は「好きならやりなさい。ただし、手助けすることはできない」と言っていたんです。だから子役時代は、一度も僕の舞台を見にきたことがありません。そうやって30歳を過ぎた頃、初めて主役を務めさせていただく機会がありました。そのとき、幕が開いたら、真正面にものすごく大きな拍手をしている人がいる。「まだ何もしていないのに…」と思いながら見たら、父でした(笑)。「何もできない」と言いながらも、心配して、陰でいろいろな人に頭を下げてくれたという話も後から聞きました。重ね合わせるつもりはないのですが、台本を読んでいると、どうしてもそういう父の顔が浮かんできます。
-実次は後に四三の妻となるスヤと一緒の場面も多いですが、演じる綾瀬はるかさんの印象は?
先日、綾瀬さんと話をしていたら「獅童さんとの共演が一番多いかも」と言っていました。確かに、NHKでは「精霊の守り人」(16~17)や、「八重の桜」(13)、さらにさかのぼると『ICHI』(08)という映画でもご一緒させていただいています。キャリアを重ねて、どんどんいい女優になっていますが、いい意味で女優らしくない。「昔からこのままだったんだろうな…」と思わせる、あの清潔感とピュアな雰囲気はなかなか出せるものではありません。
-第3回で、四三を乗せた汽車をスヤが自転車で追い駆ける場面も話題になりました。
運動神経がものすごくいいですよね。昔の自転車なので乗りにくい上に、ブレーキの効きも良くない。そんな自転車で、リハーサルを含めて何度もあのスピードで汽車と並走するわけですから。しかも、あの汽車は撮影用に走らせたわけではなく、実際に1日1往復だけ運行しているもの。だから、本番は一発で決めなければいけない。それをきちんと決められる運動神経と役者魂は、本当に素晴らしいと思います。
-宮藤官九郎さんの脚本の魅力は?
一番はテンポの良さではないでしょうか。台本を読んでいると、ポン、ポン、ポンとテンポよく読める。だから、芝居をするときもテンポには気を付けています。物語は四三のパートがあったり、落語のパートがあったり、視点がいろいろと移っていきますが、それがきちんと伏線としてつながっている。台本を読んでいても、「ここでこうつながるのか」と驚く部分がたくさんあります。長い歴史を持つ大河ドラマの中では斬新な手法ですが、それも一つの挑戦。そういった作品に巡り合えるのは、僕にとっても喜びです。
-実次を演じる上で心掛けていることは?
基本的には、最初に台本を読んだときに感じた気持ちを大切にしています。台本自体がとても面白く、感動的な場面でもどこか笑える作りになっている。ですから、変にウケを狙うようなことはせず、台本に忠実に演じる。それが一番です。例えば、第3回の東京に旅立つ四三を見送るシーンでは、いろいろな方に鼻水がすごい、と言われましたが、あれも狙ったものではないんです。あの場面で湧き上がる感情を大切に演じたらああなっただけで。自分でもあんなに鼻水を流して泣くとは思っていませんでした。そもそも、狙ってあんなに鼻水は出せませんし…(笑)。まさに一期一会のお芝居です。
(取材・文/井上健一)