X


「金栗さんの走り方は、ストックホルムオリンピックに向けて洗練されていくように考えました」金哲彦(マラソン指導)【「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」インタビュー】

 見事、羽田で行われたオリンピック予選に勝利した金栗四三(中村勘九郎)。いよいよ日本初のオリンピック出場に向けて物語は動き出していく。その中で大きな見どころとなるのが、四三たちがマラソンを走る場面だ。本作のマラソン指導を担当するのは、市民ランナーからプロのアスリートまで幅広く指導を行う一方、NHK BS1で放送中のランニング情報番組「ラン×スマ ~街の風になれ~」にも出演するプロ・ランニングコーチの金哲彦氏。主演の中村勘九郎に対するマラソン指導など、撮影の裏話を語ってくれた。

マラソン指導の金哲彦氏

-中村勘九郎さんへのマラソン指導はいつごろから始めましたか。

 初めてお会いしたのは、2017年の6月です。トレーニングを始める前に体を見せていただいたら、歌舞伎で重い衣装を着たり、足を踏み鳴らしたりするせいか、太ももも太く、思ったよりがっしりしている印象を受けました。歌舞伎役者の方は、皆さんそんな感じだそうですね。ただ、マラソン選手らしい体つきではなかったので、歌舞伎のスケジュールや、普段の食生活などを伺った上で、体作りから始めました。

-具体的な走り方はどのように指導されましたか。

 体作りがある程度進んだところで、長距離を走るための基本的なランニングフォームの指導から入りました。練習を始めてみて分かったのが、勘九郎さんは運動能力が非常に高いということ。筋肉の質がいいんです。だから、短距離を走ると速いし、ジャンプ力もある。陸上競技をやっていれば、跳躍の選手にしたいぐらいです。理解力も抜群で、一度教えたことは、次に会ったときには完全に覚えている。だから、長距離のランニングフォームもすぐにマスターしてしまいました。同じことを何回も言わなくていいので、指導するのは非常に楽でした。

-勘九郎さんが演じる金栗さんの走り方について教えてください。

 金栗さんは、残っている資料が少ないんです。若い頃の写真とストックホルムより後のオリンピックのスタート直後の一瞬の映像と、子どもたちと一緒に走っている70歳頃の映像ぐらい。ただ、それらを見ると、体幹が非常にしっかりして、きちんとした前傾姿勢が取れており、全くぶれていないことが分かります。また、金栗さんは足袋で走っていたので、僕も勘九郎さんが使う足袋を履いてみました。そうすると、ランニングシューズを履いた現代の弾むような走り方とは違って、スリ足に近くなる。地面も、今のようにアスファルトではなく土です。そういった点を考慮し、「恐らくこうだったはず」という走り方を作り上げました。

-勘九郎さんは、その走り方で演じているのですね。

 そうですね。とはいえ、金栗さんのピークはストックホルムオリンピックです。それを踏まえて、演出家の方とも相談しながら、少年時代の粗削りな走りから次第に洗練されていくように、段階を踏む形でいくつかの走り方を考えました。勘九郎さんも、走るシーンがちょうどいいトレーニングになっているらしく、撮影が進むにつれ、マラソン選手らしい脚になってきています。ストックホルムロケのときは「いい脚になってきていませんか?」とうれしそうに語っていました(笑)。

-指導する上で、テレビドラマならではの苦労は?

 普段、僕がランニング指導をするときは、選手が実際に走っている姿を見て、「いいか、悪いか」を判断します。テレビドラマの場合、走るシーンは単調になりがちなので、並走したり、ドローンを使ったりと、演出の方がカメラワークを工夫するのですが、撮り方によってスピード感がかなり変わってきます。だから、僕が問題ないと思っても、画面で見ると監督が思い描くものになっていないことがあるんです。そんなとき、「何とかなりませんか?」と相談されるので、例えば足元のアップであれば、多少デフォルメして足の動きを強調する…といったことが必要な場合もあります。僕も知らなかったので、勉強になりました。

-他にもありますか。

 フルマラソンを走るシーンが何度もありますが、実際の撮影では時系列が前後します。その中で、走行距離に応じた疲労具合を表現しなければなりません。ただ、勘九郎さんは実際に走ったことがないので、相談を受けて「30キロ地点では、足の力が入らなくなってきます」といったアドバイスをすることもあります。

-ストックホルムロケにも参加されたそうですね。

 撮影のために3週間ほど滞在し、40~50人ぐらいのランナー役のエキストラの方にも指導を行いました。助監督の方が走る順番を決めた後、順位に合わせて僕が「この人の走りはこう」と、走り方に差をつけていく感じです。中にはマラソン選手に見えない人もいたので、そういう人には走り方から指導して…。基本的に、今の人はランニングシューズを履いたときのように、弾むような走りになってしまうことが多いんです。でもそれは、当時の走り方とは違うので、そうならないように指導していきました。

-金栗四三が主人公と聞いたときのお気持ちは?

 一般には知られていませんでしたが、僕らにとって金栗さんは昔から知っている方で、日本のマラソンと駅伝の父のような存在。だから、金栗さんが主人公と知ったときは、ものすごくうれしかったです。僕も歴史好きで、大河ドラマはずっと見てきましたから。

-ご自身も前回の東京オリンピックが開催された1964年生まれということで、この作品に対する特別な思いはありますか。

 東京オリンピックの年に生まれ、生まれた土地も、マラソンで東京オリンピックに出場した君原健二さんの故郷・北九州です。僕が長距離を始めたのも、幼い頃から君原さんに憧れていたことがきっかけ。それから大学に入って瀬古利彦さんを育てた中村清さんと出会い、卒業後は小出義雄さんと出会って、オリンピックでメダルを獲った有森裕子さんや高橋尚子さんに指導する機会も得ました。そして今回、金栗さんを現代によみがえらせる役割の一端を担わせていただけることに…。やってきたこと全てがマラソンやオリンピックにつながっているので、これが自分の運命であり、与えられた役割なのかな…と思っています。

(取材・文/井上健一)

特集・インタビューFEATURE & INTERVIEW

妻夫木聡「家族のために生きているんだなと思う」 渡辺謙「日々の瞬間の積み重ねが人生になっていく」 北川悦吏子脚本ドラマ「生きとし生けるもの」【インタビュー】

ドラマ2024年5月3日

 妻夫木聡と渡辺謙が主演するテレビ東京開局60周年特別企画ドラマスペシャル「生きとし生けるもの」が5月6日に放送される。北川悦吏子氏が脚本を担当した本作は、人生に悩む医者と余命宣告された患者の2人が「人は何のために生き、何を残すのか」という … 続きを読む

【週末映画コラム】台湾関連のラブストーリーを2本『青春18×2 君へと続く道』/『赤い糸 輪廻のひみつ』

映画2024年5月3日

『青春18×2 君へと続く道』(5月3日公開)  18年前の台湾。高校3年生のジミー(シュー・グァンハン)は、アルバイト先のカラオケ店で4歳年上の日本人バックパッカーのアミ(清原果耶)と出会い、天真らんまんでだがどこかミステリアスな彼女に恋 … 続きを読む

城田優、日本から世界へ「日本っていいなと誇らしく思えるショーを作り上げたい」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2024年5月3日

 城田優がプロデュースするエンターテインメントショー「TOKYO~the city of music and love~」が5月14日から開幕する。本公演は、東京の魅力をショーという形で世界に発信するために立ち上がったプロジェクト。城田が実 … 続きを読む

「光る君へ」第十六回「華の影」まひろと道長の再会からうかがえる物語展開の緻密さ【大河ドラマコラム】

ドラマ2024年4月27日

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。4月21日に放送された第十六回「華の影」では、藤原道隆(井浦新)率いる藤原一族の隆盛と都に疫病がまん延する様子、その中での主人公まひろ(吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)の再会が描かれた。  この … 続きを読む

宮藤官九郎「人間らしく生きる、それだけでいいんじゃないか」 渡辺大知「ドラマに出てくる人たち、みんなを好きになってもらえたら」 ドラマ「季節のない街」【インタビュー】

ドラマ2024年4月26日

 宮藤官九郎が企画・監督・脚本を手掛けたドラマ「季節のない街」が、毎週金曜深夜24時42分からテレ東系で放送中だ。本作は、山本周五郎の同名小説をベースに、舞台となる“街”を12年前に起きた災害を経て建てられた仮設住宅のある“街”へと置き換え … 続きを読む