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「不思議な感覚になった最終回を見てほしい!」森下佳子(脚本)前編【「おんな城主 直虎」インタビュー】

 残すところあと1回となったNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」。主人公・井伊直虎(柴咲コウ)を先頭に、戦国乱世を駆け抜けた人々のドラマは、多くの視聴者を魅了してきた。最終回(12月17日放送)を前に、全50回の脚本を書き上げた脚本家の森下佳子氏が、この1年を振り返った。

脚本の森下佳子氏

-脚本を書き終えた今のお気持ちは?

 最初は書き切れる気がしなかったので、なせば成るものだな、というのが一番です。すごく楽しかったです。

-数少ない史実の隙間を、さまざまなエピソードでつないでいく展開が見事でした。豊富なアイデアは、どのように発想されたのでしょうか。

 4分の3ぐらいは井伊谷の中の話なので、そこで起こり得るとしたら何があるのか、ということから考えていくことが多かったです。海があるわけではないので、基本的に貿易はできない。だけど、少し行ったところに気賀という町があって、そこではどうやら湖を使って船が行き来していた形跡がある。さらに、そこでは方久という人が城主をやっていたのではないかという話もある。そうすると、この人とこの人は同じ人だから、ここをつなげられないか、というふうに、痕跡を拾って井伊谷で起こり得ることにフィードバックしていく形です。

-大変そうですね。

 あとは、主人公が尼さんだったというファクターも、物語を作る上で大きく作用しました。禅僧の世界に浸ったことがある人が、どう考えてさまざまな困難に立ち向かったのか。そういうパーソナルなキャラクターの部分と、史実に痕跡が残っている部分を組み合わせていった感じです。方程式を解くのに似ています。物語を作らなければいけません。こういう条件がそろっています。さて、ここからどういう解が導き出せるでしょう…というような。解けた時はすごくすっきりするので、しんどいけれど楽しい作業でした(笑)。

-綿花の栽培や材木の商売、小姓の日常など、当時の文化を巧みにドラマに取り入れていたことも特徴ですが、苦労した点は?

 とにかく分からないというのが一番です。その辺は、考証の先生に教えていただいたり、岡本(幸江/チーフプロデューサー)さんに調べていただいたりしましたが、少し先の時代の資料を参考にして作ることが多かったです。小姓の生活についても、詳しく書かれた資料がほとんどなかったので、残っているお家のものを基に作っていきました。

-綿花や材木を物語に取り入れるアイデアは、どこから?

 綿花については、三河木綿というものが割と早い時代からあったんです。そこで、何か商品作物で物語を作ろうとした時、直虎が飛び付くことができるのはそれだろうということで、井伊谷で綿花を栽培することになりました。材木に関しては、井伊は山だらけで他に資源がないので、売れるのはこれしかない、ということで。

-柴咲コウさんのお芝居は、どのようにご覧になっていましたか。

 華がある上に、こうと決めたことを迷いなくピシッと出される印象です。やんちゃな領主時代と尼さんの時と在野の農婦になった今。すべておとわという1人の人間ですが、柴咲さんが時代ごとに別の色にきちんと塗り分けてくださったのは、すごく有り難かったです。そこがぼやけてしまうと、「おとわ変わったな」と思ってもらえず、面白くありませんから。

-柴咲さんとお芝居の話をされることはありましたか。

 基本的に、そういう話は誰ともしていません。ただ、現場で柴咲さんを捕まえて、まだ書いていない先の展開を話しまくり、柴咲さんは次のスタンバイに行きたいんだけど…みたいになったことが何回かありました(笑)。主役だから先々の展開が不安だろうと思って話したのですが、彼女の方がずっとどっしりしていました。さすが殿です(笑)。

-どの登場人物も生き生きとしていたのが印象的です。書いているうちに思った以上に活躍するようになった人物はいますか。

 終盤にかけて、思いがけず動いたのは(今川)氏真(尾上松也)です。徳川の下に入って、信長の前でまりを蹴ったり、和歌を詠んでいたりというエピソードは残っていますが、詳しいことは分からない。とはいえ、それも一つの生き残り方だという形で、最初から書くつもりではいました。だけど終盤、彼がこのドラマにふさわしいラストを切り開いていってくれたのは、思いがけない展開でした。そういえば、寿桂尼(浅丘ルリ子)さんが(武田)信玄(松平健)を呪い殺すのも、初めは予定していませんでした(笑)。今川家は個性が強かったです。

-“神回”と評判になった第33回、小野政次(高橋一生)の最期はなぜあのような展開になったのでしょうか。

 初めはああなる予定ではなかったんです。政次が身をていして井伊谷を守るというのは、最初から決めていました。ただし、直虎は刑場に見送りに行ってお経をあげるだけのつもりでした。それを聞きながら、政次がふっと笑って死ぬ…そんなイメージで。だけど、処刑まで時間がある中、いつもは諦めが悪く、最後まで何かできることはないかと考える直虎が、この時だけ何一つ答えを出さずに見送るというのは、違うんじゃないかと思い始めたんです。その結果、政次の意志を理解している直虎ができる最大の見送り方ということで、ああいう解釈になりました。

-毎回、サブタイトルがユニークでしたね。

 駄じゃれやパロディーが大好きなので、お願いしたら「いいよ」と言ってくれたので、やらせていただきました。すごく楽しかったです(笑)。

-ご自身で気に入っているのは?

 私ではなく、ディレクターが考えたものですが、「嫌われ政次の一生」は素晴らしかったです。あと、「綿毛の案」はびっくりしました。「信長、浜松来たいってよ」の元ネタは『桐島、部活やめるってよ』ですが、「直虎、領主やめるってよ」とか「虎松、お家再興するってよ」とか、何でもできるんです。だから、大事に取っておいたらずっと持ち越してしまい、「そろそろ使わないと…」となって、あそこで使わせてもらいました(笑)。

-全50回のうち、書いていて最も楽しかったのはどの回でしょうか。

 最終回! だから本当に最終回を見てほしいです!

-最終回を書いている時はどんなお気持ちで?

 変な表現ですが、パーッと終わっていく感じなんです。この瞬間にパーッと光が当たるために、今までがあったんだ、という弾けた回になって…。書いていて「走る」というより「走らされる」という不思議な感覚になりました。

-反対に、筆が進まずに苦労した部分は?

 当初の予定では、直虎と龍雲丸(柳楽優弥)はもう少し早く男女感が漂うはずでした。だけど、好意は描けるものの、色っぽい感じにならなくて。その理由は、2人の間に、自分が守らなければいけない国、自分が守りたい徒党や生き方、みたいなものが横たわっていたためです。そういうものがある間に恋愛してしまう人たちは嫌だな、という気持ちが私の中にあったのかも。試行錯誤を繰り返した結果、ようやく「ここか!」というタイミングに落ち着きました。

-放送開始前、「『信長公記』を書いた太田牛一になったつもりで」とお話をされていましたが、書き終わって、そのあたりの手応えはいかがでしょう。

 牛一先生ごめんなさい(笑)。大きく出過ぎました。まだまだいろいろな人物の描き方がありますね…と今となっては思います。だけど、やっぱり私は自分が作った直虎さんがとても好きです。

(取材・文/井上健一)

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