【映画コラム】二律背反する思いを抱かされる『すばらしき世界』

2021年2月10日 / 06:30

 佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』(受刑者の個人情報が記されている極秘資料)の設定を現代に置き換えて、西川美和の監督・脚本で映画化した『すばらしき世界』が2月11日から公開される。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 殺人罪で服役していた三上(役所広司)が13年ぶりに出所し、何とかまっとうに生きようと悪戦苦闘する。そんな三上に、作家志望の元テレビマン津乃田(仲野太賀)がすり寄ってくる。

 この映画のキャッチコピーは「この世界は生きづらくあたたかい」だが、個人と社会、三上の暴力と優しさ、あるいは前科者に対する世間の不寛容と善意といった、二律背反するものを描いている。どちらが正しいのかではなく、どちらも存在するということを提起している。

 何より『すばらしき世界』というタイトル自体が反意的だ。三上の姿を通して、「本当にそうなのか?」と問い掛けられている感じもする。

 そして、津乃田、弁護士夫婦(橋爪功、梶芽衣子)、ケースワーカー(北村有起哉)、スーパーマーケットの店長(六角精児)、旧知の組長夫婦(白竜、キムラ緑子)が、三上に示す善意や優しさが、この映画の救いになるのだが、「なぜ、皆三上に魅かれるのか、放っておけないのか」の理由を深くは描いていない。

 それ故、もやもやさせられるところがあるが、それが三上の不思議な魅力や複雑さにつながるところもある。こちらも、決して三上に共感はできないのに、何故か憐憫の情が湧いてくるという、二律背反する思いを抱くことになる。そこが、同じく佐木の小説を映画化した『復讐するは我にあり』(79)の主人公・榎津(緒形拳)とは大きく違うところだ。

 そう感じさせるのは、観客の代弁者ともいうべき津乃田の存在が大きい。演じた仲野の好演もあり、津乃田の三上への感情や視点の変化を通して、三上の存在を際立たせることに成功している。

 さて、捨てられた母に一目会いたいとひたすら願う三上は、母に会いたい一心から刑務所を脱獄する『網走番外地』(65)の主人公・橘真一(高倉健)と似ていなくもない。古くは長谷川伸の『瞼(まぶた)の母』の番場の忠太郎もそうだが、極道男の純情を描くには、母親の存在を絡めることが多い。その点は、この映画も例外ではない。

 
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