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日本映画の黄金時代を支えた木下惠介監督の生誕100年記念映画として製作された『はじまりのみち』が1日から全国公開されている。
舞台は第2次世界大戦末期。軍事当局は木下が監督した『陸軍』(44)のラストシーンが戦意高揚の役割を果たしていないとし、木下の次回作の製作は中止となった。松竹に辞表を出し郷里の浜松に戻った木下は、病身の母を山奥の村に疎開させるため、リヤカーに乗せて山越えをすることを決意する。
本作は『映画クレヨンしんちゃん』シリーズなどで知られる原恵一の実写映画監督デビュー作。木下の大ファンを自認する原監督は自ら脚本も執筆。木下の実話を基に、彼と母親との愛を中心に描きながら、木下作品への敬意を随所に散りばめ、当時の若手監督が経験した挫折と再生の物語とした。
そしてただの美談としてではなく、頑固で意地っ張りな反面、母親と映画には無上の愛を捧げる木下のエキセントリックな性格も同時に描き込んだところが面白い。木下を演じた加瀬亮はもとより、彼と共に山越えをする兄役のユースケ・サンタマリアと便利屋役の濱田岳がそれぞれ好演を見せる。
さて本作は、本編の途中に本物の『陸軍』のラスト10分間を挿入し、本編終了後の約11分間は木下映画の名場面集とした。『陸軍』の出征する息子を涙ながらにどこまでも追い掛けていく母(田中絹代)の姿を見ながら、なぜ当局がクレームを付けたのかを考え、名場面集を見ながら本作が木下映画のどの部分を“引用”していたのかを想像してみる楽しさもある。
親子や家族の関係を終生描き続けた木下は『二十四の瞳』(54)や『喜びも悲しみも幾歳月』(57)などで“日本人を最も泣かせた監督”といわれ、ある時期は、日本人に最も好かれた映画監督だったが、時代の変化の中で忘れられた存在となった。これを期に、木下惠介見直しの機運が高まることを願う。(田中雄二)