【映画コラム】 二つの時代を交差させて成功した『横道世之介』

2013年3月2日 / 19:19

(C)2013『横道世之介』製作委員会

 吉田修一原作、沖田修一監督の『横道世之介』が、幅広い層の観客から好評を得ているという。本作は、1987年の東京の大学を舞台に、長崎から上京した横道世之介(高良健吾)と彼の恋人(吉高由里子)や同級生たち(池松壮亮、朝倉あき、綾野剛)の姿を描いた青春群像劇だ。

 主人公の世之介は、落語でいうところの“ふら”(理屈では説明できない、天性の不思議なおかしさ)を持った人物。映画を見ながら、多くの観客に「そういえば、こんなやつがいたなあ。今ごろあいつどうしてるのかなあ」と懐かしくも切ない思いを抱かせたところが好評の理由だろう。

 また本作のユニークな点は、彼らの大学生活を描きながら、世之介が不在の16年後の出来事を挿入するところだ。いささか唐突な感じはするが、そうすることで、バブル初期の87年と崩壊後の2003年という、短期間で劇的に変化した二つの時代が交差するという趣向が生じる。さらに、池松、朝倉、綾野、そして吉高が、大学生と30代後半の両方を演じたことでキャラクターに連続性が生まれ、それぞれが、世之介を懐かしんで思わず笑顔を浮かべるシーンを感慨深いものにしている。

 沖田監督はこれまで『南極料理人』(南極観測隊)、『キツツキと雨』(へき地の村での映画撮影)で特別な状況下での群像劇を描いてきた。本作ではごく普通の大学生たちの生活を描いているが、デジタルでの撮影が主流になった現在、あえて35ミリのフィルムを使って撮影した点が目を引く。なぜなら、まだ携帯電話もパソコンもない時代を描くには、その色合い、明暗、質感という点からもフィルムの方が適していたと言えるからだ。(田中雄二)


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