X


東出昌大「役者業についての考え方がシンプルに」 キャリア10年でたどり着いた境地で見せた入魂の熱演 『とべない風船』【インタビュー】

 瀬戸内海に浮かぶ広島の小さな島を舞台にしたヒューマンドラマ『とべない風船』が1月6日から公開される。豪雨災害で妻子を亡くした漁師・憲二と、疎遠だった父が暮らすこの島を訪れた元教師の凛子(三浦透子)。共に心に傷を負った2人が、互いに交流する中で再生していく物語だ。主人公の憲二を演じるのは、『天上の花』(公開中)、『Winny』(3月公開予定)など、主演作が目白押しの実力派・東出昌大。キャリア10年でたどり着いた境地で見せた熱演の舞台裏を語ってくれた。

東出昌大 (C)エンタメOVO

-“多島美”と呼ばれる瀬戸内海の風景も美しく、傷ついた心を優しく包み込むような温かい映画でした。2022年で、東出さんは俳優デビューからちょうど10年を迎えましたが、そのキャリアの中で、この作品はどんな位置づけになりましたか。

 手前みそになりますが、ここまで人間を真っすぐに描いた作品は、僕のキャリアの中でもなかなかありません。おかげで、「正統派の映画をやった」と、心から感じられる1本になりました。

-それでは、改めてこの作品との出会いを教えてください。

 「広島で撮った『テロルンとルンルン』という中編映画が好評だった宮川(博至)監督が、長編を撮りたいと言ってる」と聞いたのが最初です。脚本を読ませていただき、「大変そうだな」とは思ったんですけど、完成度が高かったので「ぜひやらせてください」と。

-広島在住の宮川監督のこの映画に懸ける思いを、どんなふうに受け止めましたか。

 出演が決まった後、広島へ行き、数日かけていろいろな所を回らせてもらった際、宮川監督も一緒だったので、「なぜ家族を亡くすところからスタートするんですか」と聞いてみたんです。そうしたら、監督も若いときに、すごく近しい友人を亡くされているらしく、「『今も子どものことが忘れられない』という友人のお母さまに見てもらいたいんだ」と打ち明けてくださったんです。その話を聞き、「これは生半可な気持ちで取り組むわけにはいかない。監督がそういう覚悟を見せてくれたなら、僕もその思いを一緒に背負ってカメラの前に立とう」と。

-東出さんが演じた憲二は、豪雨災害で妻子を亡くし、本人も片足を負傷している大変な役です。広島は数年前、実際に西日本豪雨で被災し、宮川監督はそれが本作を製作するきっかけになったそうですが、その点についてはどう捉えましたか。

 クランクイン前、西日本豪雨の被災地を訪れ、実際に被災した方々のお話を伺いました。夜中に土石流で家を流され、必死に家族を助け出そうとした話や、直接被害を受けなかった漁師の方でも、道路が分断されたために数日間身動きとれなかった話を聞き、改めて役に向き合う気持ちが強くなったように思います。撮影期間中も、片足を引きずりながら生活する憲二の気持ちを知るため、終始足を引きずって歩くようにしていました。

-劇中には、船を動かしたり、魚をさばいたりする場面もありますが、漁師を演じるのも大変だったのでは?

 地元の漁師の方に操船の仕方を付きっきりで教えていただいたほか、漁師流のタイのさばき方を改めて教えていただきました。魚を三枚におろすことはもともとできたんですけど、やっぱり本職の方は違いました。いろいろなお話も伺い、「俺たちは船さえあればどこでも行ける」という漁師の精神性や気概みたいなものも学びました。それと、今回は僕の私服もたくさん衣装に使っているんです。

-それはどういった経緯で?

 衣装合わせを広島で行ったんですけど、用意していただいたものは新品が多かったんです。僕はかなりヤレた服をイメージしていたので、新品が多かったときのことも考え、事前に伝えた上で、着古した服を持って行っていて。そこで、一緒に並べてみたら、僕の服がかなり採用されることになりました。

-そうして映画を作り上げていく過程で、宮川監督との信頼関係も築き上げられていったのでしょうか。

 映画という頂に向かって行く気持ちは共通していたので、お会いしてすぐ、いい関係を築くことができました。初対面のときから、食事をしながらお互いに腹を割って話をして、「いいものを作りましょう!」と熱く盛り上がって。翌日からは目の色を変えて、いい映画にするための方法をスタッフの皆さんと一緒に模索し続けていた感じです。おかげで、宮川監督とは「親友」以上の「盟友」、あるいは「戦友」と呼べる関係を作り上げることができました。監督は「また一緒に仕事しましょう」とおっしゃってくださっていますし、僕もお話を頂ければ、その期待に全力で応えたいと思っています。

-そういう東出さんをはじめ、宮川監督やスタッフの皆さんの熱意がにじみ出た映画だったと思います。ここで改めて伺いますが、10年という節目を迎え、役者業について今はどんな思いを持っていますか。

 これまで紆余(うよ)曲折がありましたが、役者は先が見えない仕事なので、いろいろ思い悩んでいてもしょうがないなと思って、最近は考え方がすごくシンプルになってきました。オファーがあれば全力で取り組みますが、なければないで仕方ないかなと。先日、野生動物に関するある記述を読んだら、野生界では「自分が食べること」、「人から食べられないこと」、「子孫を残すこと」の三つだけをシンプルにやっていると書いてあって、「なるほど」と納得したんです。相対的な評価や、他人の声を気にするのは人間だけだなと。そんなこともあって、「呼ばれれば絶対にいい芝居をする。だから、他人が何と言おうと、気にするのはやめよう」と。

-「呼ばれれば絶対にいい芝居をする」というのは?

 いい芝居をしなければ、次は呼ばれませんから。逆に言えば、呼ばれなくなったら、いい芝居ができなかったということで、役者の仕事が減って、僕が淘汰(とうた)されていくだけで。その代わり、毎日、「いい芝居って何だろう?」と考え続けています。あとは、呼ばれればできる限りの準備をして、現場に向き合う、役に向き合う、台本に向き合う…やれるだけのことをやる、という感じです。

-「全力で取り組めば、必ずいい芝居になる」ということでしょうか。

 そうですね。全力を出し切って、悪い芝居だったときは、この仕事が向いてなかったということなんだと思います。今後もいろいろお話は頂いていますが、ただひたすら、いただいた仕事に全力で取り組み、がむしゃらに食らいついて芝居していこうと思っています。

-なるほど。

 とはいえ、役者業は人生の一部であり、それに人生を支配されているかというと、そんなことはありません。最近、「半農半X」という考えがあることを知ったんです。「半分の農業」と「半分のX」。「X」は都市部での仕事で、「農」は農耕に限らず、山での狩猟採集なども含みます。僕は、半農の時間もしっかり生きているつもりですし、残り半分の「X」がたぶん役者なんだと思います。

-今回演じた漁師も一種の「農」に当たる役ですし、それが「俳優・東出昌大」の新しい武器になるかもしれませんね。

 そうかもしれませんが、僕には何とも言えません。ただ、この映画が僕なりに「精いっぱいやった」と胸を張って言える作品であることは間違いありません。

(取材・文・写真/井上健一)

(C)buzzCrow Inc.

 

特集・インタビューFEATURE & INTERVIEW

「場所と人とのリンクみたいなのものを感じながら見ると面白いと思います」今村圭佑撮影監督『青春18×2 君へと続く道』【インタビュー】

映画2024年5月9日

 18年前の台湾。高校3年生のジミー(シュー・グァンハン)はアルバイト先で4歳年上の日本人バックパッカーのアミ(清原果耶)と出会い、恋心を抱く。だが、突然アミの帰国が決まり、落ち込むジミーにアミはあることを提案する。現在。人生につまずいた3 … 続きを読む

田中泯「日本の政治に対する僕自身の憤りに通じる部分も多かった」世界配信となる初主演のポリティカル・サスペンスに意気込み「フクロウと呼ばれた男」【インタビュー】

ドラマ2024年5月9日

 あらゆるスキャンダルやセンセーショナルな事件を、社会の陰に隠れて解決してきたフィクサー、“フクロウ”こと⼤神⿓太郎。彼は、⼤神家と親交の深かった次期総理候補の息⼦が謎の死を遂げたことをきっかけに、政界に潜む巨悪の正体に近づいていくが…。先 … 続きを読む

海宝直人&村井良大、戦時下の広島を舞台にした名作漫画をミュージカル化 「それでも生きていこうというエネルギーをお見せしたい」【インタビュー】

舞台・ミュージカル2024年5月9日

 太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々の姿を淡々と丁寧に描いた、こうの史代氏による漫画「この世界の片隅に」がミュージカル化され、5月9日から上演される。主人公の浦野すず役をWキャストで務めるのは、昆夏美と大原櫻子。すずが嫁ぐ相手の北條周作を … 続きを読む

「ジョンは初恋の人、そしてかけがえのない友達」『ジョン・レノン 失われた週末』メイ・パン【インタビュー】

映画2024年5月9日

 ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻が別居していた「失われた週末」と呼ばれる、1973年秋からの18カ月の日々。その時ジョンは、彼とヨーコの元・個人秘書で、プロダクション・アシスタントを務めていた中国系アメリカ人のメイ・パンと恋人関係にあった … 続きを読む

北村匠海「長谷川博己さんのお芝居は、やっぱり迫力がすごい」 日曜劇場「アンチヒ-ロ-」【インタビュ-】

ドラマ2024年5月8日

 長谷川博己が主演を務める日曜劇場「アンチヒーロー」(TBS系)が放送中だ。本作は殺人犯をも無罪にしてしまう“アンチ”な弁護士・明墨正樹(長谷川)の姿を描き、視聴者に“正義とは果たして何なのか? ”“世の中の悪とされていることは、本当に悪い … 続きを読む