人気作家・大門剛明の同名小説を原作にした「連続ドラマW 両刃の斧」が、11月13日からWOWOWで放送・配信スタートとなる(全6話/第1話無料)。15 年前に起きた未解決事件の再捜査に挑む刑事の川澄と、その事件で娘を失った元刑事の柴崎が、真相をめぐってぶつかり合う濃密なミステリーだ。本作で、ダブル主演を務めた川澄役の井浦新が、憧れの大先輩・柴田恭兵(柴崎役)との初共演や撮影の舞台裏について語ってくれた。
-川澄と柴崎の関係が軸になる物語ですが、柴田恭兵さんとは、2人の関係をどのように作っていったのでしょうか。
思ったよりも、関係は作っていきやすかったです。川澄にとって柴さん(=柴崎)は、やんちゃな若い頃から、結婚後も家族ぐるみでお世話になっている憧れの人。その点では、僕が柴田恭兵さんに抱いていた敬意や憧れをそのまま役に投影することができたので。しかも、撮影初日が2人にとって一番幸せな、お互いの家族が集まる第一話冒頭のシーンだったんです。みんなで和気あいあいと「こんなふうに笑っていられるのも、今日だけだね」なんて話しながら撮影をしていました(笑)。そんな一日を過ごした後、恭兵さんをリスペクトする僕の気持ちをそのまま表していくことで、柴さんに対する川澄の思いはきちんと形にできたんじゃないかと思っています。
-その後、川澄は15年前の未解決事件を捜査する刑事として、一方の柴崎はある嫌疑を掛けられた者として、追う者と追われる者の関係に変わっていきますね。
そこから突然、恭兵さんとの共演が一気になくなり、現場でも入れ違いになっていったんです。柴さんのパートと川澄のパートの二軸で進んでいくので、会いたくても会えないという…(笑)。ただ、現場で会わなくなった分、「昨日、恭兵さんが素晴らしい芝居をしていた」みたいな感じで、スタッフや監督からうわさばかり耳にするようになっていったんです。その分、どんどん恭兵さんの存在が僕の中で大きくなっていって。
-その間、柴田さんとのやりとりは?
恭兵さんは芝居のないところでも、僕を見守って、気にかけてくださっていました。恭兵さんと入れ違いで夜間に僕の撮影があったときなんか、わざわざロケ地近くの店で夜食を買ってきて、差し入れてくださったんです。その気遣いに感動しました。恭兵さんにはそういうすてきなエピソードがたくさんあって、その都度、僕は元気をもらっていました。
-最終的に川澄と柴崎は、取調室で対峙(たいじ)することになりますね。
僕にとっては一番のハイライトで、いかにそこへ向かっていくか、という姿勢で取り組んでいました。そこまでにいろんなことを乗り越え、やっとたどり着いた撮影の最終ラウンドだったので、気持ちはマックスの状態。もちろん、恭兵さんもいろんなことを積み重ねてたどり着いている。しかも、恭兵さんは心でお芝居をされるので、お芝居を越えてあふれてくるものがあるんです。だから、クライマックスの取調室はすさまじいシーンになりました。柴さんが川澄に向けて拳を握る瞬間なんて、その拳が普段の3倍ぐらいの大きさに見えて…。そのすごさに圧倒されながらも、「このままずっと恭兵さんを独り占めしたい」という不思議な感覚にもなりました。
-井浦さんは、本作について「乗り越えるべき難所が数多くあり山頂が見えない、そんな高い山が目の前にそびえ立っていているような感覚でした」とコメントしていますが、その難所とは?
今言った恭兵さんとの取調室のシーンは、たどり着かなければいけない大きな目標でした。ただ、そこにたどり着くまでに、キャストに名を連ねる百戦錬磨のそうそうたる猛者たちとの芝居を乗り越えなければならなかったんです。それはまるで、千本ノックを受けながら、山頂を目指すようなもの。だから、一瞬たりとも気が抜けませんでした。
-ドラマが完成した今は、その山を制覇した手応えを感じていますか。
それはないですね。僕は趣味で登山をやっているので、撮影をよく山に例えるんですけど、山はどれだけ登っても、制覇した感覚にはなれないんです。喜びや楽しさはもちろんありますが、途中で心も折れているし、「きつい」と思いながら登っていたりもするので…。それは撮影も同じです。ただ、自然の山は二度、三度と登ることができますが、撮影は一回限りの刹那的なもので、二度目はありません。だから、なおさら制覇した感覚にはなれなくて。でも、その経験が必ず自分の栄養になると信じていつも登っています。
-では、柴田恭兵さんの見え方は、撮影前後でどう変わりましたか。
見え方は変わりません。そこが恭兵さんのすごいところです。初めてごあいさつしたときも、ガチャっと扉を開けたら、その向こうにみんながイメージする柴田恭兵さんがいて、笑顔で軽快に「よろしく」と固い握手をしてくださって。終わったときも、出会った2カ月前と何も変わらずすてきなスピーチで締めくくり、みんなの心にちゃんと恭兵さんを残して、スマートに帰られていったんです。本当のプロフェッショナルとは、こういうことなんだなと、最後まで教えられました。ただ、実際に共演してその人間性の大きさや深さ、そこから出てくるお芝居の奥行きや大きさ、繊細さを体感した分、恭兵さんに対する憧れや尊敬はより深まりました。
-そうすると、この作品は井浦さんにとって、どんなものになったのでしょうか。
間違いなく宝物になりました。精神的にもフィジカル面でもかなり追い込まれる中で、自分の限界や今後の課題などが見えてきましたし。それぐらい、(撮影した)2022年春時点の自分がすべて絞り出された感じがありました。だから、これからいろんな作品に入っていったとき、「『両刃』をやったんだから、絶対これだってクリアできる」と支えになるような作品になったんじゃないかなと。ここで得たものはたくさんあったので、あとはそれを自分がちゃんと栄養にしていけるかどうかだと思っています。
(取材・文・写真/井上健一)