全国公開中の『グッバイ・クルエル・ワールド』は、やくざから大金を奪った強盗団のメンバーと、復讐(ふくしゅう)に燃えるやくざ組織の対決を描いたスリリングなクライム・エンターテインメント。斎藤工、宮沢氷魚、玉城ティナ、宮川大輔、大森南朋、三浦友和ら、豪華俳優陣が一堂に会した本作の主演は『ドライブ・マイ・カー』(21)、『シン・ウルトラマン』(22)の西島秀俊。そして監督は『MOTHER マザー』(20)、『星の子』(20)など、重厚な人間ドラマを送り出してきた大森立嗣。日本映画界を支える2人が、初めてタッグを組んだ本作の舞台裏を明かしてくれた。
-アクションを交えたハラハラドキドキのストーリーに、登場人物それぞれのドラマが絡み合った見応えのある映画でした。お二人の記念すべき初顔合わせということで、まずは大森監督が西島さんにオファーをした理由を教えてください。また、西島さんが大森作品に期待したことは何でしょうか。
大森 西島さんのことはずっと、“近いところにいる同年代の俳優”として認識していました。映画と正面から向き合いながらも、大作からテレビドラマまで幅広く活躍し、外に向かって映画を格上げしてくれる力を持っている。もちろん、役者として脂が乗り切っていることは言うまでもありません。だから、ぜひご一緒してみたいとずっと思っていました。ただ、これまで自分の映画で、西島さんに合う役がなかなか見つからなかったんですが、今回はぴったりの役があったので、お願いしました。
西島 大森監督の作品はこれまでずっと見てきましたが、他の監督にはない、登場人物が本当に生きているような生々しさがあるんですね。同じ俳優でも、大森監督の作品とそれ以外で、明らかに演技が違う。そこに興味があり、自分もその演出を受けてみたい、大森作品に出てみたいとずっと思っていました。だから、今回呼んでいただけて、本当にうれしかったです。
-西島さんが演じる元やくざの安西は、家族と静かに暮らしたいと願いながらも、その過去が災いしてうまくいかず、結果的に強盗に走ってしまった人物です。大森監督は、西島さんのどんなところが安西に通じると考えたのでしょうか。
大森 西島さんは大人なんですよね。安西の「家族に戻りたい」という、僕にはやや欠けている部分が、西島さんにはある。それを見事に演じ切ってくれました。
西島 それはうれしい言葉ですね。今は大人になることが難しい時代で、自分でも「どうすれば大人になれるのか」をずっと考えてきたので。
大森 これは、僕の中でいろんなことにつながっているんです。同年代として、西島さんが現場で背負わなければならない立場と、俳優としての能力。好きなことだけやっていればいいのではなく、その両方を背負わなければいけない年代なんですよね。そういうことを敏感に感じ取ってくれる人、という意味でも大人だなと。
西島 そう言っていただけると、本当にうれしいです。
大森 ただ、普段は割と子どもっぽく笑っていますけどね(笑)。
西島 現場ではそうですね(笑)。
-現場を経験して感じたお互いの印象を教えてください。
西島 大森監督の現場では、まだ役者本人もうまく説明できない感情のまま本番に入ります。演じている本人も、まだ登場人物が悲しいのか、怒っているのか、寂しいのか、絶望しているのか、面白がっているのか、よく分かっていない状態を捉えようとしているんだな、と。だから、監督も感情を決めて演出するようなことはないし、むしろ何かを決めつけて演技していると、「それは違う」と徹底的に崩していく。
大森 僕の中では感覚的にやっていることなので、そんなふうに言葉にされることはなかなかないんですけど、思い返してみると、確かにそうですね。例えば、俳優はト書きに「笑う」と書いてあれば笑わなきゃいけない、「涙」と書いてあれば泣かなきゃいけない、と考えがちです。でも僕は、泣きたくなかったら、泣かなくていいよと。カメラの前に立っているのはその俳優であり、半歩踏み出すだけで、その人が向き合っている役に対して、ものすごく内側に入ったような気持ちになるのかもしれない。そういう感覚を知っているのは、演じる本人だけですから。撮影プランは一応考えていきますが、そこから外れても構わないと思って。
西島 それは僕もすごく共感するところで、カメラの前でそんなふうにいたいと思います。実際、僕たちも生きている中で、自分がどんな感情なのか分からないことが多いわけですから。そこに不安を覚える人もいると思いますが、大森組は、常連の方を中心にそれを理解している俳優が集まっていると感じました。
大森 西島さんはそういうことにすぐ気付いてくれましたね。他の作品では、戸惑う俳優もいましたから。しかも、西島さんは引き出しが多いので、こんなふうに演出論も語れるし、現場ではそういう西島さんの考えが他の俳優にも伝わっていく感じがあった。だから、西島さんに助けられているような感覚もあって。
-西島さんをはじめ、豪華俳優陣がそろった本作には、大森監督の弟である大森南朋さんも出演しています。ご一緒した感想を聞かせてください。
大森 南朋と仕事をすることに関して、僕はもはや兄弟という感覚はなく、一俳優という気分なんです。ただ、西島さんと南朋は同年代なので、「同年代ならではの緊張感があるのかな?」と思って見ていました。
西島 南朋くんとのシーンは、不思議な共感みたいなものがあって楽しかったです。ただ、一緒のシーンはそれほど多くなかったので、本当はもっとやりたかった。その点に関する個人的な思いとしては、同年代の俳優を集めて何かやってみたいですね。年齢が上がっていくと、だんだんと現場の中でこの世代は僕だけ、という感じになって行くんですね。でも、みんなきっとそれぞれ人生を抱えているはずですから。それこそ、みんなでもう一回強盗したいぐらいで(笑)。誰か企画してくれないかな。
-人生という点では、痛快なエンターテインメントでありながら、登場人物それぞれ人生に抱えたものがあり、そこが不安定な今の世の中を生きる人にも通じますね。
大森 社会からドロップアウトした人たちに対して、社会的なセーフティネットをきちんと整備すべきだと思うんですけど、現実にはそれがなかなか追い付いていない。そんな現状に対して映画ができることは、そういう人たちにも、ちゃんとそれぞれの視点や考えがあり、そこから生まれてくる感情があると描くことじゃないかと。世の中に規定されない狭間の場所にいて、見過ごされがちな人たちに目を向けていきたい。そういう思いは、今までも強く持ってきました。
-なるほど。
大森 それと、“理解できる人”を描く必要性をそれほど感じないんです。分からないものに対して、どう向き合うのか。その方が大事じゃないかと。生きていく中では、分からないことの方が多いですよね。だから、分からないときに、どうやって俳優が肉体と感情を用いて、それを表現するのか。それが救いになるのでは…と信じて、ずっと映画を作っているんです。
西島 もう少し前の時代だったら生きていられた人たちが、行き場を失くし、生き延びるために仕方なく勝負を懸ける。この映画で描かれているそういう部分は、現代を端的に映し出していると思います。監督がおっしゃるように、そういう登場人物たちが、自分と関係ない世界の人ではなく、同じように感情を持った生きた人間なんだと感じ取っていただけたら、何かプラスになることがあるのかもしれません。ただ、そういうことを正面切って訴える映画ではないので、難しいことは考えず、まずは純粋にエンターテインメントとして楽しんでほしいですね。その上で、何か持ち帰っていただけるものがあれば、それは幸せなことだと思います。
(取材・文・写真/井上健一)