日本人なら誰もが知る時代劇「忠臣蔵」。亡き主君・浅野内匠頭に忠義を尽くし、あだ討ちを果たした赤穂浪士たちの物語は、これまで幾度となく映像化され、多くの人々の心を動かしてきた。ところが、その「忠臣蔵」を令和の時代によみがえらせた『決算!忠臣蔵』(11月22日公開)は、何と「討ち入り予算」をめぐる予算達成エンタテインメント。果たして、大石内蔵助(堤真一)は限られた予算の中、出費を渋る勘定方・矢頭長助(岡村隆史)との駆け引きを乗り越え、吉良邸討ち入りを決行できるのか…? この斬新な「忠臣蔵」に挑んだのは、大ヒット作『殿、利息でござる!』(16)、『忍びの国』(17)を送り出した中村義洋監督。新たな「忠臣蔵」誕生の舞台裏を聞いた。
-原作となった『「忠臣蔵」の決算書』(山本博文著)は、小説ではなく、学術書のような新書ですが、コメディーにする難しさはありましたか。
難しかったですね。どうしたらコメディーにできるのか、悩みました。いろいろ考えた結果、お金がなくて困る大石内蔵助と、自分のお金を勝手に使われてしまう瑤泉院という構図を思いついたとき、これでいけるんじゃないかと。さらに、定番となっている「立派な人物」という大石のイメージが、ただの見栄っ張りだとしたらどうだろう…と。人前では立派に見えたり、大盤振る舞いをするけれど、その裏では藩の経理を担当する勘定方から叱られていたり、戒められていたり…。そういうやり方だったら、笑いに持っていけるんじゃないかと。
-それはどんなところから思いついたのでしょうか。
原作の基になった資料で、大石内蔵助が残した「預置候金銀請払帳」という決算書があるんです。そこに、吉良邸討ち入りの前に、赤穂浪士たちが集まって段取りを打ち合わせた「深川会議」の記録があり、何に幾ら使うかということが記されていました。それを見たとき、深川会議でどんどんお金が減っていく様子を現代の金額で表示すれば、コメディーにできるなと。脚本を書く前から、そこだけは自信がありました。あとは、どうやって深川会議に話を持っていこうかと。
-なるほど。
それともう一つ、僕自身が映画界で見聞きしてきた経験も脚本に生かしています。映画製作でも、クランクイン前に「美術打ち合わせ」というものがあり、その場でいろいろなことを打ち合わせてから撮影に入ります。そこには、監督もプロデューサーも出席するんですが、基本的にプロデューサーは見守っているだけ。でも、時々勝手にお金のかかることを言い出すスタッフがいるんです。「そこはクレーンを使って撮影しようよ」とか。そうすると、プロデューサーが突然「えっ!?」という顔をするんです(笑)。そういうことを思い出して、プロデューサーが大石内蔵助だったら…ということもヒントにしました。
-出演者についてお伺いします。ダブル主演の堤真一さんと岡村隆史さんは、中村作品への出演は初めてですね。
そうです。でも、2人ともクランクインからして最高でした。同じ台本でも監督と演者で読み方が異なることも少なくないのですが、その点、堤さんは最初から完全に僕と一致していて、ちゃんと読み込んでくれているな…と。岡村さんも、最初に会ったときの声の小ささが矢頭長助にぴったりだったので、「それで行きましょう」とお願いしたら、ばっちりで。
-他にも、「忠臣蔵」にふさわしく、出演者には「中村組オールスター」的な豪華な顔ぶれがそろっていますね。
(濱田)岳と妻夫木(聡)くんは、台本が出来上がったところで、すぐにオファーしました。大高源五と菅谷半之丞をこの2人が演じてくれれば間違いないだろうと。大石主税役の(鈴木)福ちゃんは『ちょんまげぷりん』(10)以来ですが、台本を書いているときから「撮影の頃なら、大石主税と同い年ぐらいでは?」と思い、定期的にネットで成長具合を確認していました(笑)。堀部安兵衛役にはもともと、いわゆるイケメンを想定していたので、プロデューサーから個性派の荒川良々さんという案が出てきたときはびっくりしました。でも、脚本を読み直してみたら、そっちの方が面白いなと。みんな思った通りにはまってくれました。
-ところで、中村監督がこれまで手掛けた時代劇3本は、いずれも「お金」が切り口になっていますね。
最初の『殿、利息でござる!』(16)は、お金を扱ってはいますが、「人として慎むこと。未来に託すこと」がテーマ。2本目の『忍びの国』は、「人を押しのけてでも自分の欲を満たそうとするのが忍び。今の世の中、忍びばかりになっていませんか」という欲の話。だから、たまたま「お金」なだけで、内容は全部違うんです。その中では、この作品が一番、お金に寄った話になっていると思います。
-いずれも私利私欲に対して批判的な点に、社会風刺的なニュアンスも感じますが。
「お金は未来のために使うべきでは?」というのは、なんとなく伝わってほしいな…とは思っています。『殿、利息でござる!』は、特にそうですね。
-中村監督はこの3作品以前はずっと現代劇を撮ってきましたが、時代劇に対する思いをお聞かせください。
もともと、僕は時代劇も時代小説も好きだったんです。特に好きなのが、1970年代の「必殺」シリーズ。中でも、山崎努さんが“念仏の鉄”をやっていた「新・必殺仕置人」(77)が大好きで。リアルタイムのときはまだ子どもだったので、20代の頃、再放送やDVDで見て、「面白い!」とハマりました。だから、『奇跡のリンゴ』(13)や『殿、利息でござる!』で山崎さんとお仕事をさせてもらったときは、「好き放題にやったんだよ」とか、当時の裏話をいろいろ聞けて、楽しかったです。
-今回は初めて、「必殺」シリーズを撮った京都の松竹撮影所で撮影されたそうですね。
ちょうど隣のスタジオで当時、山崎さんとも一緒にやっていたカメラマンの石原興さんが監督で「必殺」の新作を撮っていたので、ごあいさつに行ったら、いろいろな昔話を聞くことができました。ロケハンも、僕より年上の美術部や装飾部のスタッフと一緒に行くと、「ここは中村主水の奉行所の外で…」みたいなことを案内してくれるんです。でも、僕としてはそんな誰でも知っていることより、「そこの川は、『必殺仕業人』(76)で中村敦夫さんが死んだ場所」みたいなマニアックな話の方が面白くて(笑)。その「必殺仕業人」あたりは、今回の美術担当の師匠の方がやっていた作品なので、そんな話をきっかけに、コミュニケーションがスムーズにいくようになりました。
-3本目の時代劇ということで、今回は脚本もご自身で書かれていますが、手応えはいかがでしょうか。
今までで一番大変でした。原作を物語に仕立てるところから始めて初稿まで半年ぐらいかかりきりで苦しみましたから。「忠臣蔵」ということで、プレッシャーも大きかったですし。ただその分、愛情もひとしおです。「あそこは失敗したな…」とか「時間が足りなかったな…」と思うこともなく終えられたので、充実していました。
(取材・文・写真/井上健一)