【インタビュー】映画『真実』ジュリエット・ビノシュ「私は是枝監督の中にチェーホフを見ました」

2019年10月10日 / 10:00

 フランスの大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)が、『真実』というタイトルの自伝本を出版することに。出版祝いを口実に、本の内容を知るため、彼女の“家族”が集まるが…。日本の是枝裕和が監督し、10月11日から公開される本作で、ファビエンヌの娘のリュミールを演じたジュリエット・ビノシュが来日し、インタビューに応えた。

リュミールを演じたジュリエット・ビノシュ

-日本人の是枝裕和監督の演出はいかがでしたか。

 是枝監督の言葉よりも、彼の存在自体に感銘を受けました。彼の、人に対する視線の向け方、辛抱強い仕事の仕方、ワンテークが終わった後の反応などを見るのがとても興味深かったです。是枝監督はとても優しい人で、決して押し付けがましいところがなく、ユーモアがあります。人間の複雑さを捉える目も持っています。それは、人間には矛盾した面があるということです。私は彼の中にアントン・チェーホフを見ます。チェーホフは全ての登場人物を愛しています。極端な悪役はいなくて、人はさまざまな面を持っている、という登場人物に対する優しい視線を感じます。それは、是枝監督が俳優と対したときも同じで、欠点も含めて、全てを受け入れてくれるような気がします。

-2011年の来日時に、是枝監督と「一緒に映画を作りましょう」という話をしたそうですが、8年越しに約束を果たした今の心境は?

 自分がほしいものや、やりたいことは、やはり口に出して言うものだなと思いました。すると天がかなえてくれます(笑)。つまり、何か欲求がある場合は、それを抱え込まないで、ちゃんと言葉にして言うことが大切だと思います。言霊ではありませんが、言葉にするということによって、実人生に影響が出るのだと思います。

-ご自身は女優としての評価が高いのですが、今回は女優になる夢を諦めて脚本家になった役でした。そうしたキャラクターを演じてみて感じたことはありましたか。

 私はリュミールが失敗したとは思っていません。映画界には、一度は演じる側を経験したことがある人も少なくありません。やはり、人前に立つということがどういうことなのかを知っていた方が働きやすいと思います。例えば、今は編集専門だけど、昔は俳優をしていたという人もいます。なので、リュミールも今は脚本家ですけど、彼女にとっては別に女優になれなかったことが失敗だったとは思いません。それは意地悪な母親ファビエンヌ流の表現だと思います。

-同じ国の大女優カトリーヌ・ドヌーブとの母娘役での共演はいかがでしたか。ちなみに、実のお母さんも女優ですよね。

 私と母との関係は映画とは全く違っています(笑)。この母と娘を演じるためには、私は何かしらの方法を使って、カトリーヌと近しい関係を築かなければならないと思っていました。この映画の母と娘はフランスとアメリカで別れて暮らしていて、最初は感情的にも対立していますが、やはり母と娘ですから、距離を縮める必要があったわけです。
 ところが、カトリーヌ・ドヌーブという人は気さくに「はーい、元気」と言ったりするタイプではありません(笑)。人との距離を置くタイプなので、ではどうしょうかと…。それでデリケートに少しずつ距離を縮めていきました。英語の「ユー」(あなた)は、フランス語では、よそいきの「ブ」と、近しい「チュ」の2種類がありますが、彼女はみんなに向かって「ブ」を使います。それで、私が「チュ」を使って彼女と親しくなるようにしたら、彼女の方もだんだんと「チュ」と言ってくれるようになりました。そんなふうに勇気を持って近づくことが必要でした。
 これは是枝監督からも頼まれていたことです。「カトリーヌの固まったイメージから違うものを引き出したいから、ちょっと彼女を挑発するような感じで揺さぶりをかけてくれないか」と。なので、私も努力しました。それに、スターという壁の後ろに一体何があるのか、という好奇心もありました。最終的には、とても優しい関係を築くことができました。

-母と娘の会話の中で、「どこまでが演技で、どこからが真実なのか」というせりふがありました。これは俳優を象徴するような言葉だと思いますが、いかがでしょうか。

 何が本当で、何が本当ではないのか、という意味では人生も同じですよね。私たちは今この場所に存在しているわけですが、ここから離れたときに、もしかしたら違う現実があるかもしれません。どこに真の現実があるのか、ということになります。特に、子どもが親に対して感じることはとても強くて、この映画の場合は、子ども時代に記憶した「あのときはこうだった」という感情が、大人になっても鮮明に残っています。
 例えば、セラピーでは過去のことを思い出したりもしますが、特に子どもの頃のことは、それが本当だったかどうかは誰にも分かりません。同じ出来事を親に聞くと、子どもの記憶と親の記憶が全く違っていたりもします。そんなふうに、捉える人によって真実は全く変わってしまいます。子どものときに裏切られた感覚は大人になっても強く残って怒りになる、というのが、この映画のテーマの一つだと思います。リュミールはそういう人物だと思います。
 ただ、私が「彼女は偉い」と思うところは、彼女が人の見解の違いを受け入れるところです。彼女が、自分の母は真実を見たくないんだと気付き、母と自分は違う人間で、自分は母を変えることはできないということを理解するところが素晴らしいと思います。これは実人生でも感じることですが、人は親のことや子どものことを変えたがりますが、それは無理だということを理解して、それを乗り越えたときに、人は成熟できるのだと思います。人を変えるのは、その人自身でしかない。他人は誰も人を変えることはできないと思います。

 
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