【映画コラム】「2019年映画ベスト10」 洋画はまずまず、邦画はいまひとつ

2019年12月31日 / 12:00

 今年も当コラムでさまざまな映画を取り上げてきた。その中から年末恒例のベスト10を選んでみた。

『運び屋』(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

1.80歳を過ぎてイーストウッドが手にしたユーモアと余裕『運び屋』
2.異なる世界に住む2人の変化と理解、救済を描いた『グリーンブック』
3.タランティーノのハリウッドへの偏愛に満ちた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
4.逆説的なビートルズへのラブレター『イエスタデイ』
5.負のパワーに引き付けられ、圧倒される『ジョーカー』
6.黒人がKKKに入団!? うそのような潜入捜査を描いた『ブラック・クランズマン』
7.ロバート・レッドフォードの俳優引退作『さらば愛しきアウトロー』
8.バート・レイノルズの立派な遺作『ラスト・ムービースター』
9.主要登場人物はたった1人のサスペンス劇『THE GUILTY/ギルティ』
10.映画製作の裏側にあるものを描いた『キューブリックに愛された男』『キューブリックに魅せられた男』

 また『Kyodo Weekly』(12月16日号)誌上でも、ベスト5を選んだのでここに転載する。今年は邦画が1本も入らなかった。

 今年のベスト5を選ぶ際に、候補作が意外と分類しやすいことに気付いた。例えば、『グリーンブック』と『ブラック・クランズマン』は人種問題、『運び屋』『さらば愛しきアウトロー』『ラスト・ムービースター』は往年のスターの主演映画、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と『イエスタデイ』はパラレルワールド話といった具合に。その中で、『ジョーカー』だけが分類不能だった。結果的に、ほとんどがアメリカ映画となったが、これは、例年同様、あくまでも筆者の好みが反映された結果なのでご容赦願いたい。

1位『運び屋』 

 89歳のクリント・イーストウッド、10年ぶりの監督・主演作。90歳のアール・ストーン(イーストウッド)の元に「車の運転さえすれば金になる」という話が舞い込むが、それはメキシコの犯罪組織が仕組んだ麻薬の“運び屋”だった。

 本作は、これまでのイーストウッド作品の集大成の感もあるが、同時に、また新たな展開や変化も見せられて驚かされた。主人公のアールは、女好きで、機知に富み、スマートでひょうひょうとしている。加えて、本作でもイーストウッドお得意の“善悪のはざま”が描かれてはいるが、いつもの暗くハードな雰囲気とは全く違う。細かい描写の積み重ねから、まるで落語の世界のようなユーモアや余裕が感じられるのだ。

 こうした語り口は『ジャージー・ボーイズ』(14)あたりから目立ち始めた気がする。つまり、彼は老境に入ってからも、作る映画を変化させ続けているのだ。本作を通して、人間は80歳を超えても変化することはできるのだと、改めて教えられた気がする。

2位『グリーンブック』

 1962年、黒人ピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)は、イタリア系の白人トニー・リップ(ビゴ・モーテンセン)を運転手兼用心棒として雇う。2人は、人種差別が色濃く残る南部へとコンサートツアーに出るが…。

 本作が、これまでの白人と黒人によるバディ(相棒)ムービーと大きく違うのは、互いが相手に対して抱くステレオタイプのイメージを崩しているところ。貧しく粗野なトニーが裕福で教養もあるドクに向かって「俺の方がよっぽどブラック(黒人)だぜ」と言うシーンまである。つまり、こうしたシーンの積み重ねが、自分は黒人でも白人でもないと考えるシャーリーの孤独を浮き彫りにすることにもつながる。なかなかうまい手法だ。

 そんな2人が旅を通して、互いに変化し、人種を超えて理解し、救済し合う様子を見せる部分は予定調和だが、モーテンセンとアリの好演もあって、最後は“クリスマスの奇跡を描いた映画”として、いい気分で見終わることができる。

3位『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

 クエンティン・タランティーノ監督が虚実を入り乱れさせながら1960年代後半のハリウッドを描く。物語の骨子は、落ち目のスター、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、彼のスタントマンを務めるクリス・ブース(ブラッド・ピット)との友情や信頼関係(スター同士のディカプリオとピットがそれを演じる面白さ)に、カルト集団のマンソン・ファミリーによるシャロン・テート(マーゴット・ロビー)の惨殺事件の顛末(てんまつ)を絡めたもの。

 映画狂で知られるタランティーノが、自らの少年時代への追憶を込めて描いた本作は、まるでハリウッドというおもちゃ箱をひっくり返したような、にぎやかさがあるが、これはタランティーノ自身の夢や妄想を映像化したものに違いない。

 そして彼が本作を作った最大の目的がラストに示されるのだが、それはここでは書けない。ただ、ハリウッドへの偏愛を感じさせる処理に、不思議な感動が湧くことだけは確かだ。彼の映画の中では一番素直なものだと感じた。

 
  • 1
  • 2

page top