【映画コラム】“黒澤映画の影”が見え隠れする『散り椿』

2018年9月29日 / 16:10

 映画カメラマンとして数々の名作に携わった木村大作の監督第3作目で、初の時代劇となった『散り椿』が公開された。

(C)2018「散り椿」製作委員会

 舞台は享保時代。かつて藩の不正を訴えたが認められず、故郷の扇野藩を出た瓜生新兵衛(岡田准一)は、病に倒れた妻(麻生久美子)の最期の願いを胸に、故郷に戻る。折しも扇野藩では、藩主の代替わりをめぐり、側用人(西島秀俊)と家老(奥田瑛二)の対立が起きていた。

 葉室麟の原作を基に、本作の脚本を書いたのは、長い間、黒澤明監督作品で助監督を務めた小泉尭史。木村監督も1958年に東宝入社後、撮影助手として黒澤組に入り、黒澤監督から薫陶を受けている。

 というわけで、本作には“黒澤映画の影”が見え隠れするところが多々ある。例えば、本作に見られる圧倒的な、雨、雪、風、花、馬などの描写は、本来は黒澤映画の得意技でもある。何よりお家騒動と椿とくれば、黒澤映画の『椿三十郎』(62)が思い出されるではないか。

 そして、独創的な殺陣という意味では、本作の岡田と、『用心棒』(61)『椿三十郎』の三船敏郎のイメージが重なるところもある。

 このように、本作は映像的には黒澤映画の素晴らしさを継承しているとも言えるのだが、残念ながら、ストーリーの流れ、人物描写、俳優の動き、せりふ回し、あるいは音楽の使い方などに、時代劇としては疑問が残るところがあるのは否めない。

 ただし、よわい80近くなってから、殺陣や人物描写に独創性を持たせ、新たな時代劇を作ろうとした木村監督の姿勢には頭が下がる。何かしら新たな可能性を見いださなければ時代劇は衰退する一方なのだから。本作で映される美しい風景を見ていると、まだまだ可能性は十分にある。日本映画は決して時代劇を捨ててはならないのだ、と思わされた。(田中雄二)


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