【大河ドラマコラム】「鎌倉殿の13人」第21回「仏の眼差し」“普通の人”北条義時が見る者を引き付ける理由

2022年6月3日 / 16:15

 「向こうは天下の鎌倉殿。源氏の棟梁。武士の頂におられるお方。どうあがいても太刀打ちできる相手ではない。あらがっても結局は言いなり。言われるがままに非道なことをしている己が情けない」

北条義時役の小栗旬 (C)NHK

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。5月29日放送の第21回「仏の眼差し」で主人公・北条義時(小栗旬)が主君・源頼朝(大泉洋)との関係について、妻の八重(新垣結衣)に、己の非力さを嘆いたシーンだ。

 これまで何度かその指示に疑問を感じて抵抗したことはあるものの、基本的には頼朝に従ってきた義時がこんな本音を口にするのは珍しい。

 とはいえ、奥州の藤原氏を陥れて源義経(菅田将暉)を討たせた第20回のように、このところ少しずつ変化が現れているのも事実。小栗自身も先日当サイトに掲載されたインタビューで「義時自身が考え、行動していく瞬間が次第に増えていきます」と語っている。

 そこで、間もなく後半戦を迎えるこの機会に、主人公としての北条義時について考えてみたい。

 ここまで本作を見てきて、ずっと不思議に思っていたことがある。大河ドラマの主人公には、「世の中を変える」、「自分の夢を実現する」という大志や野心を抱いて突き進むイメージがあるが、義時には少なくともここまでそういう感じはない。どちらかというと、与えられた仕事をそつなくこなす「仕事のできる普通の人」といった印象だ。

 この点に関しては、小栗自身も前述のインタビューで「(義時は)心の奥底には常に『早く伊豆に帰って米の勘定をしたい』という思いがあり、それが一番の楽しみのような人ですから(笑)」と語っていた。やはり根は“普通の人”なのだ。

 しかも、周囲にはわがままな主君・頼朝を始め、“戦(いくさ)ばか”の義経(前回亡くなったが)や、友情よりも損得を優先しがちな盟友・三浦義村(山本耕史)、“脳みそ筋肉”のような和田義盛(横田栄司)など、強烈な個性の持ち主がぞろぞろいる。ごく平凡な義時は、その中に埋没してもおかしくない。

 にもかかわらず、義時には主人公として見る者を引き付ける力がある。もちろん、脚本が義時を中心に書かれているからなのだが、それだけでは「魅力のない主人公」になってしまう恐れもある。だが、義時はそうなってはいない。では、“普通の人”義時が見る者を引き付ける理由とは何なのか。

 
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