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『あんのこと』(6月7日公開)
売春や麻薬の常習犯である21歳の香川杏(河合優実)は、ホステスの母(河井青葉)と足の悪い祖母(広岡由里子)と3人で暮らしている。子どもの頃から酔った母に殴られて育った杏は、小学4年生から不登校となり、12歳の時に母親の紹介で初めて体を売った。
そんな中、人情味あふれる刑事の多々羅(佐藤二朗)との出会いをきっかけに更生の道を歩み出した杏は、多々羅や彼の友人であるジャーナリストの桐野(稲垣吾郎)の助けを借りながら、新たな仕事や住まいを得る。ところが突然のコロナ禍によって3人はすれ違い、それぞれが孤独と不安に直面していく。
監督・脚本は入江悠。ある少女の人生をつづった新聞記事に着想を得て脚本を書いたという。前半は、杏を取り巻く貧困、毒親である母のDVの描写などに思わず目をそむけたくなる。中盤は、更生の道を歩み出した杏が、時折浮かべる笑顔が印象に残る。ところが、わずかな希望を見いだした杏が…という変転があまりにも悲しく切なく映る。
また、杏を救おうとする一方で、麻薬常習者の弱みに付け込む多々羅、正義感と情とのはざまで揺れる桐野の姿に人間の二面性を見る思いがして、これもまたやるせない思いがする。
入江監督は、この3人を中心に、杏の周囲の人間たちをドキュメンタリータッチで描いていく。その分見ていてつらくなるのだが、だからこそ、コロナ禍での孤独や無関心を忘れてはならないと訴えかけてくるところがある。
そして、杏という人間が確かに存在したのだということを描きたかったのだろうとも思う。その点、一見突き放しているように見えて、実はとても杏に寄り添った視点で描かれているともいえるだろう。
ドラマ「不適切にもほどがある!」で昭和の高校生役を好演した河合が、この難役に対して見事な演技を披露する。そして佐藤、稲垣、河井らが巧みな助演を見せて彼女を引き立てる。そうした俳優たちのアンサンブルも見どころだ。