NHKで放送中の連続テレビ小説「ちむどんどん」。主人公・暢子(黒島結菜)が開業を目指す沖縄料理店「ちむどんどん」の料理人として雇われたのは、かつてイタリア料理店「アッラ・フォンターナ」で働いていた頃の先輩料理人、矢作知洋だった。一度は店を辞めて姿を消しながらも、紆余(うよ)曲折を経て暢子と共に働くことになった矢作は、これからどうなっていくのか。演じるのは、「ごちそうさん」(13~14)、「ひよっこ」(17)に続いてこれが3度目の朝ドラ出演となる井之脇海。矢作役に込めた思いや撮影の舞台裏などを語ってくれた。
-紆余曲折を経て「ちむどんどん」で働くことになった矢作ですが、演じる上ではどんな人物だと捉えていますか。
台本を読んでまず、矢作は思考の回路がちょっとねじれている人だな、と感じました。本当は素直にものを言いたいのに、ちょっときつい言い方をしてしまったり、嫌な言い方をしてしまったりするんですよね。でも、彼が面白いのは、自分が一番好きな料理のことに関しては、スムーズに言葉が出てくるところです。例えば、暢子が作った料理を食べて、思わず「うめえ!」と口走ってしまったり。そういう素直さや純粋さはちゃんと持ち合わせているんだなと。料理に対するそういう素直な姿勢と、人と向き合うときのちょっと気難しいところを、お芝居でうまく表現できたら、魅力的な人物になるんじゃないかと思っています。
-フォンターナ時代は暢子に厳しく当たっていた矢作が、「ちむどんどん」で働くことになりましたが、その変化をどんなふうに捉えていますか。
矢作は、もともとフォンターナ時代から、料理に対する暢子の熱心な姿勢を認めてはいたと思うんです。でも、素直じゃないので、そんな自分を認められなかった。その後、大きな挫折を味わって暢子と再会したとき、「一緒に店をやろう」と言われたのは、想像もしていなかったけど、ものすごくうれしかったはずです。ただ、自分のプライドもあってすぐに「やりたい」とは言えなかった。それでも、暢子のひたむきな姿を見て、だんだん信頼するようになっていった、ということだと思うんです。
-ここまで演じてきて、役者としてどんな手応えややりがいを感じていますか。
矢作は、フォンターナで料理人として働きながらも、仲間を裏切る形で店を辞めた末、再び暢子の前に姿を現しました。その間、どんなことがあったのか、監督やプロデューサーと相談しながら膨らませた上で、今は撮影に臨んでいるところです。そんなふうに、途中で長期間不在にするのは他のドラマにはないことなので、そこを緻密に作り、前半と後半で矢作なりの成長や経験が見えるようにお芝居で表現していくのは面白いですね。
-フォンターナ時代とは関係性も変わってきましたが、矢作にとって暢子はどんな存在でしょうか。
矢作は暢子に対して、どこか憧れみたいなものがあるんじゃないかと思います。フォンターナにいた頃、矢作は自分の好きな料理のことは努力して、一生懸命突き詰めて、あの立場まで行ったんですけど、そこに料理をきちんと学んだことがない暢子が現れ、センスと感覚だけで作った料理がすごくおいしいことに衝撃を受けた。料理を緻密に勉強してきた矢作だからこそ、暢子の実力に気付き、自分にはないその天性の才能に憧れや嫉妬みたいなものを抱いたんじゃないのかなと。
-なるほど。
ただ、その後いろんな経験をした矢作には、暢子の才能を認める余裕も出てきます。自分の店を持つ夢を諦めていない矢作は「ちむどんどん」で働きながら、そのために暢子からいろんなことを吸収しようとして、逆に矢作は自分が培ってきた料理の技術を暢子に教えていく。そんなバディ関係がいいな、と今は思っています。
-それでは、暢子役の黒島結菜さんの印象を教えてください。
あれだけの出番と膨大なせりふの量で暢子という役を生き続けなければいけないのは、はたから見ても大変だろうな…と思います。でも、黒島さんは、どのシーンでもちゃんと集中して、暢子としてその場にいらっしゃるんですよね。本来なら、周りの僕らがヒロインの黒島さんにいろんな影響を与えていきたいところなんですけど、実際に黒島さんと対峙(たいじ)すると、僕らがパワーをもらうことの方が多くて。これだけ大変な中、本当にすてきな女優さんだな、と日々感じています。
-ところで、料理人の役を演じるに当たっては、どんな準備をしましたか。
クランクイン前に、料理監修をされているオカズデザイン(吉岡秀治、吉岡知子)さんのアトリエと、イタリア料理指導をされている松本晋亮さんの下で、「切る」、「鍋を振る」といった料理の基礎を一回ずつ学び、それをひたすら家で反復練習しました。「イタリア料理の練習には、カルパッチョがいい」と言われたので、昨年末から今年の年始にかけては、ひたすらカルパッチョを作って食べていました。さすがに途中で飽きてきたので、オリーブオイルと塩で作るソースにバルサミコを加えたりして、自分でアレンジして楽しんでいました(笑)。
-これから腕を振るうことになる沖縄料理に関してはいかがでしょうか。
沖縄料理も、イタリア料理で学んだことの延長線上で、切ったり、下処理をしたり…という練習を繰り返しました。劇中で島ラッキョウをむくシーンがあるんですけど、玉ねぎで代用して。僕は普段、あまり料理をしないんですけど、今回は練習を通じて矢作に近づいている感覚もあって、面白かったです。
-撮影を通して、お気に入りの沖縄料理はできましたか。
やっぱり、沖縄そばです。撮影で5~6杯食べなきゃいけない日もあるんですけど、オカズデザインさんが作ってくださるものが、すごくおいしいんです。だから、食事をそれで済ませるときもあって(笑)。沖縄そばは、だしが独特でもともと好きだったんですけど、この撮影を通じて、改めて好きになりました。
-最後に、これからの見どころを教えてください。
戻ってきた矢作は暢子に対して、フォンターナにいた頃の気難しさとはまた違った、愛のある接し方をしたり、成長が感じられると思います。また、矢作はさらに料理を好きになり、沖縄料理を通して人とつながる楽しさも知っていくので、大きな挫折を味わった男が、再び一歩ずつ成長していく姿にぜひ注目してください。物語もクライマックスに向け、暢子が悩みながらも成長していきます。波瀾(はらん)万丈な暢子の人生がどのように着地するのか、ぜひ楽しみにしていてください。
(取材・文/井上健一)