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『神は見返りを求める』吉田恵輔監督「自分は何か欠けているものが好きなんだなと」映画界注目の監督がYouTuberの世界を描く異色のラブストーリーに込めた思い【インタビュー】

 底辺YouTuberのゆりちゃん(岸井ゆきの)と彼女を献身的に支える中年男性・田母神(ムロツヨシ)。信頼で結ばれていた2人の関係が、壮絶な愛憎劇に発展するさまをシニカルでポップなタッチでつづった『神は見返りを求める』が6月24日から公開される。監督は『BLUE/ブルー』、『空白』で、2021年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞するなど、日本映画界に確かな足跡を残し続ける吉田恵輔。毎回、独創的な物語で注目を集める吉田監督に、“恩をあだで返す女と見返りを求める男の心温まりづらいラブストーリー”という触れ込みの本作に込めた思いを聞いた。

吉田恵輔監督 (C)エンタメOVO

-とてもユニークな物語で、男女の生々しいけんかの緊迫感と笑いが絶妙に混ざり合い、ハラハラしながら大いに楽しませていただきました。このアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

 自分の実体験がベースで、俺が裏切られたことも、恩をあだで返したこともあるので、その辺のことを一度やりたいと思っていたんです。できればそれを男女にしたい、というところからスタートして、プロデューサーの石田(雄治)さんと話し合う中で、音楽プロデューサーとミュージシャン、映画監督と女優とか、いろんな組み合わせを考えました。その中で、あるときふと「YouTuberがいいかも」と思いついて。そうしたら偶然、石田さんも「YouTuberってどうかな?」と提案してくれたので決まりました。

-YouTuberに注目した理由は?

 例えば、映画監督と女優、みたいな関係性はどこかで見たことがあるし、会議室でけんかしてもそこだけの話で終わってしまって世界が狭いんですよね。でもYouTubeを使えば、2人のけんかを全世界が見られるし、外野がそれにコメントする独特の世界観は、世界が広がって面白そうだなと。

-その2人のけんかをムロツヨシさんと岸井ゆきのさんが、ユーモアを交えた絶妙な芝居で表現しています。お二人とも吉田監督とは二度目の顔合わせですね。

 2人とも、以前ご一緒したときから「ずば抜けた才能がある」と思っていました。特に、ゆきのちゃんに関しては、“生徒の1人”みたいな小さな役だったので、もっと掘り下げて撮りたいとずっと思っていたんです。今回、ぴったりな役ができて、出てもらえるチャンスがようやく来たと。しかも、2人とも前回からさらに経験を積んでいるので、横顔一つ取っても、昔よりずっと花がある。だから、現場では「次、何が起きるんだろう?」って、ワクワクしながらお客さんのような気持ちで見ていました。

-2人のけんかを描いたこの作品が、「ラブストーリー」をうたっている点も非常にユニークです。一般的に「ラブストーリー」と聞くと、甘い恋愛をイメージすると思いますが、吉田監督にとっての「ラブストーリー」とはどんなものでしょうか。

 ラブストーリーって、何にでも当てはまると思うんです。例えば、『ジュラシックパーク』だって、テーマは恐竜でも男女が手をつないで逃げていたら、「愛が芽生えているのかな?」と勝手に想像するじゃないですか。その中でも、俺が心を動かされるのは、「手に入らないもの」というか…。寝ていると、夢に過去の恋愛対象だった女の子が出てくることがあるんですけど、デートして、そろそろ付き合おうか、ぐらいの関係だったのに、結局うまくいかなかった子ばかり。付き合った子や、単純に片思いの相手は出てこないんです。夢には執着が出やすいと思っているので、俺は成就しなかったものに引かれるんだなと。そういう「届きそうで届かなかった」みたいなラブストーリーが、たぶんちょうどいいんでしょうね。

-この映画の田母神が、まさにそんな感じですね。

 そうですね。だから5年後、10年後、田母神の夢にゆりちゃんが出てくると思います(笑)。

-個人的な思いという話でさらに伺います。本作には、これまで吉田監督の映画に欠かさず登場してきた“家族”の姿が一切見えません。それが、人を一面で判断するネット社会の危うさを描くことにつながっている気がしますが、その辺は意図的に?

 確かに、今回は一面を見せることに徹している感じですよね。ただそれは、特に意識していたわけでなく、言われて初めて気付いた感じです(笑)。いつもはキャラクターを説明する際、家族や友人などいろんな関係性を作って埋めていくので、今回もホンを書いているとき、「YouTubeで活躍しているらしいね」みたいなやりとりを入れようかと思ったんです。でも、あまり広げないようにと思って全部排除したような気がします。

-なるほど、そうでしたか。では逆に、普段の作品で家族を登場させることに何かこだわりはあるのでしょうか。

 自分でホンを書く以上、自分の何かを切り売りしているようなものなので、気付かないうちに自分の中の何かが出ているんでしょうね。逆に、出ないとあまり面白くならないでしょうし。そういう意味では、監督6作目ぐらいのとき、取材で「吉田さんの描く家族がいつも片親なのはなぜですか?」と聞かれたことがあったんです。でも、全然自覚がなかったので、フィルモグラフィーを振り返ってみたら、確かに両親そろっている映画がない。だいたい母親がいなくて、女の子でも男の子でも、ほとんどお父さんと暮らしているパターンばかりで。

-前作『空白』もそうでしたね。

 そうですね。それで、母親不在の理由を考えているうちに気付いたのが、自分が子どもの頃、家族がそろっていた記憶がないんです。両親と一緒に食事した記憶も、6、7歳ぐらいまで。だから、自分の中では誰かがいないのが、自然な家族の風景なんだな、と。一本だけならまだしも、全部だと思ったら、さすがにぞっとしましたけど(笑)。それだけ俺にとって、家族の欠落って根深いものなんでしょうね。

-「家族の欠落」と「成就しなかった恋愛」には通じるものがある気がします。

 何か欠けているものが好きなんでしょうね。その欠落を埋めようとするんだけど、埋まるとやっぱり面白くない。自分が欲しかったものとか、行きたかった場所とか、そういうものを手に入れた瞬間、不思議なことに、いつも「こんなものか」と思っちゃうんです。だから、経験を積めば積むほど、面白さが減っていきますよね。その対策として、いろんなことに挑戦しようと思って、毎年「やらなくていい100のこと」というリストを作って、日々どうでもいいことをこなしています(笑)。

-この作品にはYouTuberやネット社会を風刺する側面がありますが、同時に吉田監督は「YouTuberに対するリスペクトを込めた」ともコメントしています。本作を通じて、ネット社会やYouTuberに対する考えは変わりましたか。

 俺も古い人間なので、ちょっと前まで「新しいコンテンツは認めたくない」みたいな気持ちがあったんです。でも、その世界の可能性に気付いたら、いつの間にかめちゃくちゃ見るようになっていて。そうすると、第一線の人たちが相当な努力をして、才能もあることが分かってくる。映画も生まれた直後は、舞台の人間から「落ちぶれた役者が出るもの」と低く見られていたことを考えると、歴史はそんなふうに新しいコンテンツを見下すところから始まるんだな、と。それに気付いてからは、できるだけフラットな目線で見なきゃ、と考えるようになりました。でも根っこには、「映画は新しいコンテンツに負けない」みたいな気持ちもある。その共存する感じが、この映画を作る上ではちょうどよかったんでしょうね。

-ただ風刺をしているだけではないと?

 そうですね。そういう変化はどんどん早くなっていくはずなので、「そんなもん興味ねえよ」とばかにして守りに入るより、共存してお互いのいいところをトレースし合う方がいいんじゃないかと。だから俺も、最近は頑張ってTikTokを見るようにしています。気付くと、結構見ている上に、自分用にカスタマイズされていって、次々と興味のある動画が上がってくる。よくできたシステムだなと。そんなふうに、興味のないこともなるべくやってみるようにしています。

(取材・文・写真/井上健一)

(C)2022「神は見返りを求める」製作委員会

 

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