NHKで好評放送中の大河ドラマ「青天を衝け」。12月に入り、激動の幕末から近代を駆け抜けた日本資本主義の父・渋沢栄一(吉沢亮)の物語はいよいよ大詰めを迎える。本作を通して波瀾(はらん)万丈なその生涯に触れ、「新1万円札の人」のイメージが大きく変わった視聴者も多いに違いない。だが、脚本を担当した大森美香は当初、主人公の渋沢栄一について「すごく分かりにくい人」という印象を持ったという。そこからいかにして視聴者を魅了する物語を生み出していったのか。全41回の脚本を書き上げた大森が、その舞台裏を語ってくれた。
-最終回まで脚本を書き終えた今の気持ちは?
途中でコロナ禍になり、「本当に放送されるんだろうか」など、いろんなことを心配しながら書いていましたが、きちんと最終回まで書き終わり、皆さんも元気に撮影を終えられて、すごくほっとしています。書いている途中からは、視聴者の方たちのお声も聞こえてきて、とても励まされました。今は無事に最終回まで放送されることを楽しみにしています。
-脚本を執筆するに当たり、コロナ禍の中でどんな苦労がありましたか。
撮影開始が当初の予定よりも遅れましたし、実際に役者さんたちが動いている様子を見ながら書けたらいいな、と思っていましたが、それもできなくなってしまいました。そういう意味で、現場との一体感がなかなか感じられない中で書いていく心細さはありました。ただ、撮影された映像が届くようになってからは、すごくワクワクしながら書いていました。
-大変見応えのあるドラマになりましたが、物語は91歳まで生きた渋沢栄一の生涯の前半に重点が置かれています。その理由を教えてください。
渋沢栄一さんを書こうと思ったとき、なぜこうなったのか、すごく分かりにくい人だと思ったんです。もともとは商売をしながらお百姓さんをしていたのが、なぜ尊王攘夷の志士になったのか? なぜそこから一橋家に入ったのか? そこからさらにパリに行き、パリから帰った後は、なぜか新政府で働き始める。「コロコロと意見を変える人なのかな?」と、精神的な部分の魅力がよく分からなかったんです。
-確かに、一見すると考えをコロコロ変えるコウモリ的な歩み方にも見えますね。
そこから、いろいろ資料をひも解いていったところ、その根っこにあるのは、子ども時代の両親の教えではないかと。お母さんの大きな愛情と、厳しいけれど「人生とは」ということを教えてくれるお父さんの素養みたいなものが、すごく斬新だったんじゃないかなと。それと、子どもの頃から自分も畑に出て働き、お父さんと一緒に商売をしていたこと。そういう育ちをきちんと描かないと、「一本筋を通したから、こういう人生を歩むことになった」ということが理解されず、人物としての魅力が伝わらないと思ったんです。
-なるほど。
そしてもう一つ、栄一さんが育った時代背景を、徳川慶喜(草なぎ剛)さんを中心に描かせてもらいました。黒船来航の前はこういうことを考えていて、来航後はこんなことを考えてと。それがないと、栄一さんの思想の変遷が理解できませんから。そんなことから、こういう描き方になりました。
-おっしゃる通り、栄一の真っすぐな人柄が生き生きと描かれ、とても魅力的な人物になっていましたし、それが視聴者に支持された大きな理由でもあると思います。
本当は、もうちょっと後半生も描きたかったです(笑)。ただ、期せずして、途中から今の時代に合う作品になっていったような感じはあります。
-「今の時代に合う」という点では、岩崎弥太郎(中村芝翫)とのビジネスの在り方を巡る舌戦や、養育院の運営を巡る議論など、特に最近の回は今の世の中と重なって見える部分があります。SNS上でもそういう視聴者の感想が見られましたが、その辺はどのぐらい意識していたのでしょうか。
それほど意識したわけではありません。ただ、書いているときに、ちょうど生活保護の問題がニュースになったり、スエズ運河の座礁事故があったり、栄一さんがたどってきた道は今につながっているんだな、と思うことはありました。だから、「こういう問題を盛り込もう」と意図したわけではなく、自然にそうなっていった感じです。
-それらを踏まえて、吉沢亮さんが演じる渋沢栄一に託した思いはありますか。
渋沢栄一さんには、新しい1万円札のイメージから、おとなしく座っていらっしゃるような印象があります。でも、「こういう人物がいかにして出来上がったのか」という過程を描こうと考えたとき、この物語の栄一には「人生を駆け抜けてほしい」と思ったんです。そんな栄一にぴったりな方として、みんなの意見が一致したのが吉沢さんでした。吉沢さんは大変だったでしょうけど、期待通り最後まで走り切ってくれて、とてもすてきな栄一になったと思います。
-ところで、もともと渋沢栄一に興味を持ったのは、以前、大森さんが脚本を手掛けた連続テレビ小説「あさが来た」(15~16)に登場したことがきっかけだそうですが、両作品とも明治時代の実業家が主人公です。二作経験して、主人公としての明治の実業家の魅力をどんなふうに感じていますか。
今は「こうしたら危ないかな」、「こうしたらたたかれるかな」ということを気にしがちな風潮の世の中ですが、彼らはそういうことを気にせず、とにかく突っ走っていた。(「あさが来た」の主人公の)あささんも、「女なのに」ということは気にせず走っていたし、栄一さんも「人にどう思われるか」とか、「偉い人の言うことは黙って聞く」ということを気にする様子が一切ない。そんなふうに、「自分が思う方向に駆け抜けよう」、「自分で何かを作り上げよう」という強い意思を持つ人の話は、やっぱりパワーがありますよね。そういうところに引かれます。今回は、栄一さんを中心に経済の面を描きましたが、「世の中を変えてやろう」という気概にあふれている明治は、政治や教育、文学など、どの面から見ても面白い時代だと思います。
―大森さんと明治の実業家といえば、本作と「あさが来た」の両方でディーン・フジオカさんが演じた五代友厚さんを忘れることはできません。今後、五代さんを主人公にドラマを書いてみたいという意欲はありますか。
五代さんは薩摩から長崎に行き、また薩英戦争でイギリスの捕虜になるなど、とても面白い人生を歩んだ方です。今回も、五代さんをもう少し描きたかったという思いもありますし、他にない目線でいろんなことを描ける方なので、ぜひ書いてみたいです(笑)。
(取材・文/井上健一)