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「西郷さんと月照は、夫婦のような関係だったのかもしれません」尾上菊之助(月照)【「西郷どん」インタビュー】

 大老・井伊直弼(佐野史郎)による安政の大獄が始まり、追われる身となった月照(尾上菊之助)を守って薩摩に逃れた西郷吉之助(鈴木亮平)だが、藩から月照を斬るよう命じられる。追い詰められた西郷は覚悟を決め、月照と共に海中に身を投げる…。今後の波乱を予感させる西郷と月照の入水。西郷をそこまでの行動に走らせた月照とは、果たしてどんな人物だったのか。演じた尾上菊之助が、役作りを通して学んだその実像、役に込めた思いなどを語ってくれた。

月照役の尾上菊之助

-月照とはどんな人物だったのでしょうか。

 紫の衣を好み、政治的な活動にも関わり、公家と天皇家との間をつなぐパイプ役を果たしていたそうです。ドラマの登場シーンではふわっと風が吹き、西郷さんたちの前に姿を見せる途中でカタツムリを見つけて、思わず歌を詠じてしまう…。そんなみやびな面も持った人物として描かれています。京都のお寺で長く修業を積むうちに生きとし生けるもの、生命に対する思いが高まり、カタツムリのような小さな命にも尊さを感じるようになったと、あの場面から私は想像してます。人の命を尊び、国を憂う気持ちが西郷さんと同じ方向を向いていったのではないでしょうか。

-第17回で月照は西郷と一緒に入水自殺を図るわけですが、演じた感想は?

 亡き斉彬(渡辺謙)の思いを遂げるためには、また月照の力が必要になるかもしれないと考えて、西郷さんは京都から一緒に逃げてきた。でも結局、追い詰められて一緒に飛び込む…。それは、2人の気持ちが同じ方向を向いていなければ絶対にできないことです。だから、お互いに心が通じ合い、信頼関係があったと想像して、気持ちで演じました。そのとき、「いくら修業を積んだ身でも、未練は残る」というせりふがありましたが、そこには徳の高い月照が今まで抑えてきた生身の人間性が出ていたと思います。

-その前には、斉彬の後を追って殉死しようとする西郷を止める一幕(第16回)もありました。

 斉彬が亡くなり、その遺志を果たすすべも万策尽きて、西郷さんは目標を見失っている。でも月照は、斉彬が西郷さんに思いを託していたことも十分知っていた。だから、「あなたは生きて、お殿様の遺志を継ぎなさい」と説得した。それは、月照がそれまでの西郷さんを見て、人となりが信用できると思ったからこその行動だったのでしょう。そうでなかったら止めなかったに違いありません。

-それほど強い信頼で結ばれた月照と西郷の関係とは、どんなものだったのでしょうか。

 私の想像ですが、心が同じ方向を向くという意味では、もしかしたら夫婦のような関係だったのかもしれません。出会った後、国を思う気持ちが、お互いの命を預けるまでの強固な関係を築き上げていった。ドラマで描かれた時間は短いけれど、そうやってお互いの心が蓄積されたからこそ、入水という行動に至ったに違いありません。本当は月照も、西郷さんと一緒に国を何とかしたかったはずです。でも、思いを遂げることはできなかった。本当に無念だったことでしょう。

-これまで西郷隆盛にどんなイメージを抱いていましたか。

 存在感の大きさに加えて、心も広く、何でも受けとめる方だったのかと。鈴木亮平さん演じる若い頃の西郷さんを見ていると、体当たりでこの国を何とかしようとする熱い姿が、明治維新を経ての晩年、どのような人物になっていくのか、これからがとても楽しみです。

-西郷はさまざまな人々との出会いを経て成長していきますが、月照との関わりの中で成長を感じた部分はありますか。

 それまで伸び伸びと過ごしてきた西郷さんが、斉彬の死によって一気に核となる部分ができたのではないかと思わせる瞬間がありました。それは、斉彬の死を知ったとき、「弔い合戦じゃ」と血気にはやる仲間を、「そんなことはどうでもいい」と押さえる場面(第16回)です。殿のことよりも、今はとにかく政治のことを何とかしなければならないと訴える。その姿を見たら、泣いていた西郷さんが一気に変化したような気がしました。

-鈴木亮平さんと共演した感想は?

 鈴木さんは、作品に対する熱い思いが西郷さんに通じる部分があって、そこがとても魅力的です。現場では形や見え方よりも、とにかく心情が第一。2人の関係がどうしたらより強固なものになるかということをディスカッションしながら演じさせていただきました。だから、動きでもせりふでも、リハーサルで変化することが非常に多くて。おかげで毎回、現場に行くのが楽しかったです。

-撮影現場の印象は?

 すごく刺激的でした。鈴木さんをはじめ、皆さんが本当に熱い思いで作品に取り組んでいるので、一場面、一場面、監督を交えて「これはこうした方がいいのでは?」と意見交換が盛んでした。そういう思いが作品にも投影されているので、放送を毎週楽しみにしています。

-テレビドラマの場合、舞台とはお芝居も変わってくるのではありませんか。

 舞台の場合は大きな空間で表現しなければなりませんが、映像は相手が近くにいる上にカメラやマイクもある。だから、声の出し方、表情なども気を使います。ただ、今回は鈴木さん、共演者の方と深い信頼関係を築くことができたからこそ余計なことをあまり考えず、役に没頭できたと感じています。

-月照を演じて得たものはありますか。

 歌舞伎でも映像でも、役を生きるということは私にとって永遠のテーマです。今回、役に成り切ることの大切さや面白さを、歌舞伎の舞台ではなく映像の現場で色濃く体感させていただいたことは、これからの自分にとってとてもいい経験になりました。

(取材・文/井上健一)

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