【映画コラム】素晴らしき“お子様ランチ映画”の集大成『レディ・プレイヤー1』

2018年4月21日 / 17:25

 近未来のVR(仮想現実)内で繰り広げられるトレジャー・ハンティングの冒険を描いたスティーブン・スピルバーグ監督の最新作『レディ・プレイヤー1』が公開された。

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 2045年、街は荒廃し、若者たちは、想像したことが現実となり、アバターを通して何者にでも変身できるバーチャルな世界「オアシス」に熱中していた。そんな中、オアシスの開発者ハリデー(マーク・ライランス)が死去。オアシス内に隠したゴールデンエッグを見付けた者に、法外な財産とオアシスの権利を与えるという遺言が配信され、争奪戦が始まる。

 スピルバーグの映画を見て育った原作者アーネスト・クラインが書いた小説を、スピルバーグ自身が映画化するという奇跡の合体が実現。それ故、見る者をドキドキワクワクさせる面白さに満ち、温かくて、ユーモアもある、“素晴らしきお子様ランチ映画”を作り続けてきたスピルバーグの集大成とも言えるものになった。

 本作は、仮想現実の世界での現実逃避を、めくるめく映像で魅力的に見せながら、同時にその功罪を描き、最後は現実をしっかり生きることこそ尊いと説く。そこには矛盾があるのだが、これは、スピルバーグの映画の特徴の一つである、最新テクノロジーを駆使した映像で失われたものへのノスタルジーを描く、あるいは現代社会に対する警鐘を鳴らす、というスタンスが抱える二律背反故に、常に生じる問題だ。そこが彼の映画の魅力でもあり、弱点でもある。

 また映像的にも、初期の『激突!』(71)や『ジョーズ』(75)から一貫している、カメラアングルなどで工夫を凝らしながら、いかに見る者を驚かせるかに腐心する、いたずらっ子のような視点は本作でも健在だ。つまり本作は、突然発生したものではなく、あくまでも過去のスピルバーグ作品の延長線上に存在するものなのである。

 
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