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「どうする家康」第46回「大坂の陣」 家康と茶々の対峙に深みを与えた時代の変化【大河ドラマコラム】

「面白き道具ですな。按針さまの土産で?」

「ペンスウ。墨がいらん筆じゃ」

「どうする家康」(C)NHK

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「どうする家康」。12月3日放送の第46回「大坂の陣」では、主人公・徳川家康(松本潤)と茶々(北川景子)&豊臣秀頼(作間龍斗)親子の豊臣家が激突する「大坂の陣」に至る過程が描かれた。

 冒頭に引用したのは、この回の幕開けとなった鉛筆で絵を描く家康と、その様子を見ていた阿茶局(松本若菜)のやり取りだ。つい最近放送された関ヶ原の戦いの際は、各地の大名を味方につけるため、筆で書状を書きまくっていた家康の姿を思い出すと、その変化を実感する。

 この回は、他にも随所に時代の変化を感じさせる描写が盛り込まれていたのが印象的だった。

 例えば、豊臣秀吉と戦った小牧長久手の戦いでの勝利を、自分の手柄だと若い武将たちに自慢する織田常真(信雄/浜野謙太)。実際は、共に戦った徳川方の功績であり、多くの視聴者が信雄を「調子のいいやつ」と思ったに違いない。だが考えてみれば、小牧長久手の戦いは、大坂の陣の30年も前の出来事。当時を知らない若い武将たちが、素直に感心するのも無理はない。

 そして極めつけは、大坂の陣で家康が利用し、豊臣方の大坂城に大打撃を与えた新兵器の大砲だ。そのずば抜けた破壊力は、それまでの鉄砲を使った戦いから、時代が変わりつつあることを感じさせた。

「どうする家康」(C)NHK

 ではそんな時代の変化を示すことに、どんな意味があるのか。一般に、戦国時代末期を描く作品では、大きな合戦のない関ヶ原の戦いから大坂の陣の間は、あっという間に過ぎることが多い。そのため、さほど時間が経っていない印象を受けるが、実際にはその間に14年もの時が流れている。14年と言えば、桶狭間の戦いから長篠の戦いに至る年月とほぼ同じだ。先ほど、「つい最近放送された関ヶ原の戦い」と書いたが、そこからこの回まで、劇中では大きな時間の隔たりがあるわけだ。

 実際に自分の実体験として14年という年月を振り返ってみても、多くのことを経験し、世の中もかなり変化していることに気付くはずだ。この回は、それを実感させてくれたことで、大坂の陣が、関ヶ原の時代とは異なる世の中で行われたことが明確に伝わってきた。

 それにより、豊臣の栄華を取り戻そうとする茶々が、ある種、時代遅れのようにも感じられたのは筆者だけだろうか。茶々が豊臣に味方する牢人たちを鼓舞する場面もあったが、人間的な強さを見せれば見せるほど、「今さら」感が際立ってくる。その悲哀と人間的強さの絶妙なバランスは、北川の熱演とも相まって、茶々という人物をより味わい深くしていた。

 これに対して、70歳を過ぎ、自身の衰えを認識している家康は、老体にムチ打って大坂の陣の指揮を執り、戦乱の世の幕引きを図ろうとする。「人殺しの術など覚えんでよい」という息子・秀忠(森崎ウィン)に対する思いやりは、人間にとって決して短くない「14年」という時間があることで、より重みを増してくる。

 時代の変化を感じさせることで、さらに重みと深みを増した大坂の陣。家康と茶々の対立を軸としたその人間ドラマがどんな終焉(しゅうえん)を迎えるのか。最終回まで残り二回、ますます目が離せなくなってきた。

(井上健一)

「どうする家康」(C)NHK