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そしてその微妙なニュアンスが、この回を大きく左右することになる。後半、三成の誤解を解こうと2人だけで対面した家康は、政局の混乱を収めるため、「あくまでも一時のことじゃ。一時の間、豊臣家から政務を預かりたい。共にやらんか、治部」と提案。展開次第では、これを言葉通り受け取ることができたかもしれない。だが、前述した家康の野心をにおわせるやり取りがあることで、「天下簒奪の野心あり、と見てようございますな」と答える三成の疑惑や怒りももっともだと感じられてくる。それが同時に、家康の狸ぶりを際立たせる…という寸法だ。
そんな家康の微妙な心理を表現した松本の演技も見事だった。ゆっくりした一つ一つの動きやしゃべりからは、数々の戦をくぐり抜けてきた大物らしい余裕や貫禄が感じられ、真っすぐすぎる三成との対比でも、その狸ぶりは際立っていた。演じる松本と七之助が、高校の同級生であることを忘れそうになるほどだ(劇中で、三成が生まれたのは、桶狭間の合戦の年だと説明があったように、実際の家康と三成は20歳近く離れている)。また近年は、晩年を演じる際、メイクで老け具合をさほど強調しないことも多いが、今回は年齢を重ねた家康の顔のしみをメイクで強調。そこからも老獪(ろうかい)さが漂ってくる。
もちろんこれは、筆者の考えに過ぎない。おそらく、見ている人それぞれ受け取り方は違うはずだが、そんなふうにさまざまな印象を与えている時点で、作り手の術中にはまっているともいえる。すでに松本のクランクアップも公式に報告されたが、物語はこれから大詰めを迎える。この先、どんな家康を見せてくれるのか。まだまだ楽しみは尽きない。
(井上健一)