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「どうする家康」第34回「豊臣の花嫁」家康を支える本多正信の一味違った存在感【大河ドラマ コラム】

 「だから、誰も巻き込まず、己1人で間者となった。罪をすべて1人で背負った。殿のご迷惑にならぬように」

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「どうする家康」。9月3日放送の第34回「豊臣の花嫁」のクライマックスで飛び出した本多正信(松山ケンイチ)の一言だ。

「どうする家康」(C)NHK

 この回、石川数正(松重豊)の出奔で豊臣秀吉(ムロツヨシ)に対して劣勢に立った主人公・徳川家康(松本潤)は、さらに秀吉が妹・旭(山田真歩)を人質に差し出してきたことで、上洛して秀吉に臣従すべきかどうか、家臣団と共に葛藤する。

 「もう誰にも何も奪わせん。わしが、わしが戦なき世を作る。ふたりにそう誓ったんじゃ」と亡き妻・瀬名(有村架純)と息子・信康(細田佳央太)への思いが、秀吉への臣従を拒む裏にあることを打ち明けた家康。これを受けて、徹底抗戦を主張する本多忠勝(山田裕貴)や榊原康政(杉野遥亮)、井伊直政(板垣李光人)たち。

 それに対して、「お方様が目指した世は、殿が為さなければならぬものなのでございますか?ほかの人が戦なき世を作るなら、それでもよいのでは」と語る於愛の方(広瀬アリス)。続いて酒井忠次(大森南朋)も「数正には、それが見えておったのかもしれんな。自分が出奔すれば、戦はもうしたくてもできぬ。それが殿を、皆を、ひいては徳川を守ることだと」と数正の真意に思いをはせる。これを受けて飛び出したのが、冒頭に引用した正信の言葉だ。

 さらに於愛の方が持ってきた数正の押し花も裏付けとなり、その真意を理解した家康は、秀吉への臣従を受け入れる。つまり、正信の言葉が、家康の決断を促した格好になる。

 振り返ってみればこの回、正信は家康を動かす言葉をいくつも放っている。序盤、徳川の内情を知る数正が秀吉の配下となったことを受けて「とりあえず、わが方の陣立てもすべて改めるべきかと。この際、武田の軍法を倣っては?」と軍の改革を提案。

 さらに中盤、ひそかに数正の動向を探らせると、「これといった働きは何ひとつ聞こえてきませぬ」と報告。数正が“飼い殺し”になっていることを見抜き、家康の下から数正を奪うことで、戦力低下を狙った秀吉の真意が明らかになる。

 この回に限らず、本能寺の変を知り、“伊賀越え”で三河に戻ろうとした家康たちの前に突然現れ、窮地を救った第29回、小牧・長久手の戦いで岡崎を攻めようとする秀吉軍の“中入り”を見抜いた第32回など、数多い徳川家臣団の中でも、正信は他と一味違った振る舞いで家康を支え、独自の存在感を放っている。それは、正信が家康の軍師的な立場にあるためだが、それだけではないようにも思える。

 みそ田楽を頬張りつつ、斜に構えて家康に数正の動向を報告する際の余裕ある態度(あるいは図々しさ)。やや離れた位置から秀吉への臣従を巡る家臣団の議論を眺め、的確に言葉を放つ際のキリっとした表情…。

 その変化球を多投するようなつかみどころのない芝居こそが、正信の唯一無二の存在感の源といえるのではないだろうか。そこには、「平清盛」(12)で大河の主演を1年間経験した松山だからこそ生まれる味わいというか、余裕のようなものすら感じられる。そしてそれが、家康役の松本をはじめとする共演者の芝居まで際立たせ、結果的に物語がより豊かになる。例えばこの回の序盤、軍の改革を提案した際の血気盛んな直政役の板垣とのやり取りも、相手が松山でなければ、かなり印象が違っていたはずだ。

 そんな松山=正信が、これからいかに家康の天下取りを支えていくのか。期待を込めて見守っていきたい。

(井上健一)

「どうする家康」(C)NHK