【大河ドラマコラム】「青天を衝け」第十回「栄一、志士になる」幕末の世に船出した栄一。その成長を描いた航海のプロローグ

2021年4月21日 / 16:04

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「青天を衝け」は、早くも放送開始から2カ月が経過、4月18日放送の「栄一、志士になる」で第十回を迎えた。これまで、江戸から遠く離れた血洗島で、世の大局とは無縁ののどかな暮らしを送っていた栄一(吉沢亮)が、ついに激動の幕末に出航。だが、伝聞やうわさ話で耳にしていたものと、実際にその目で見て、人と交わることで知る世の中は大違い。その戸惑いと葛藤、そして成長を描いたのがこの回だった。

渋沢栄一役の吉沢亮

 象徴的だったのは、尊王攘夷論者・大橋訥庵(山崎銀之丞)の下に集った河野顕三(福山翔大)ら、若き“草莽(そうもう)の志士たち”と知り合った栄一が、ひそかに真剣を使って稽古に励む場を訪れた場面。

 渋沢喜作(高良健吾)から「ここで人を斬るための稽古をしておるのだ」と聞かされた栄一は「人を斬る…?」と、思わず息を飲む。さらに、尾高長七郎(満島真之介)がわら人形を一刀両断する姿を見て、表情をこわばらせる。

 そこで長七郎から「おまえもやってみろ」と促され、真剣を手にわら人形に向き合った栄一は、河野から「百姓は、くわやすきで土でも掘ってんのが似合いだ」とばかにされた悔しさから、力いっぱいに刀を振り下ろす。だが、思ったように斬ることができず、仲間に止められるまで、何度も何度も狂ったように刀を振り続ける…。

 前回、桜田門外の変で井伊直弼(岸谷五朗)が討たれたことを、血洗島の仲間と楽しそうに話していた栄一だが、自分が実際に人を斬るために刀を手にするなどとはみじんも考えていなかったはず。その自分の甘さと「人を斬る」という現実の一端を突き付けられたのが、この場面だった。

 その後、血洗島に帰った栄一は、やがて妻の千代(橋本愛)が身ごもったことを知る。広い世に出ることと、一人の人間として父親になること。そして、人の命を奪うことの重さと、新たな命を授かる喜び。

 公私両面での新たな体験と命を巡る対照的な出来事を通じて、栄一のささやかだが確かな成長を立体的に描いた鮮やかな脚本と、それを多彩な表情で映像に焼きつけた吉沢の表現力に思わずうならされた。

 その結果、栄一は「仲間と共に老中・安藤信正を斬り、その後は潔く切腹する」と告げる長七郎を、兄の尾高惇忠(田辺誠一)と共に止めることとなる。果たして、前回までの栄一だったら、ここで説得力のある言葉を持って、長七郎を止められただろうか。

 「(安藤一人を斬っても)幕府がある限り、何も変わらない。もっと根本から正さないと、世の中、何も変わらない」という言葉は、人を斬ることの重さを知った栄一が発するからこそ説得力を持つ。

 
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