【コラム 2016年注目の俳優たち】 第23回 本木雅弘 居心地の悪さが醸し出す存在感 『永い言い訳』

2016年10月18日 / 15:28

356113_001 『ディア・ドクター』(09)、『夢売るふたり』(12)など、作品ごとに注目を集める西川美和監督の最新作『永い言い訳』が現在公開中だ。

 これは、別の女性との浮気中に20年連れ添った妻を交通事故で亡くした作家が、一緒に亡くなった妻の親友の遺族との交流を通して妻の存在と向き合い、人生を見詰め直していく物語である。

 この作品で、主人公の作家“津村啓”こと衣笠幸夫を演じているのが、『おくりびと』(08)以来の映画主演となる本木雅弘。スクリーンから伝わる幸夫の喪失感、居心地悪そうに独りたたずむ自宅での姿は、本木ならではの見事な演技だ。

 思えば本木はこれまで、モノや人、場所など、その人物が本来備えているべきものを欠いたことによって、居心地悪そうにたたずむ人物を繰り返し演じてきた。

 米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『おくりびと』で演じたのは、楽団の解散によって失業し、故郷に帰って未経験の納棺師として働き始めたチェロ奏者。太平洋戦争終結を巡る日本政府と軍部の葛藤を描いた『日本のいちばん長い日』(15)では昭和天皇役だったが、そこにも敗戦直前という“居心地の悪さ”が漂っていた。

 さらにさかのぼれば、俳優として注目を集めるようになった1990年代初めには、『シコふんじゃった。』(91)で、卒業のために不本意ながら相撲部に入る大学生を演じて多数の賞を受賞。

 『遊びの時間は終らない』(91)では、防犯訓練の強盗犯役を徹底するあまり、エスカレートする騒動に戸惑いつつも職務を全うしようとする生真面目な警察官を軽妙に演じた。これらのコメディーでは、本来居るべきではない場所に置かれた主人公の居心地の悪さが、笑いにつながった。

 かつてアイドルとして活躍した人並み以上のルックスと、高い演技力を兼ね備えながらも、どことなく漂う“居心地の悪さ”。それが本木の持ち味の一つと言っていいだろう。ところでその“居心地の悪さ”は、どこからきたものだろうか。

 実は、本木本人が自分自身を語った次のような言葉がある。「何かものごとについて語るときでも、すっきりとシンプルに言い切ることができないタイプ」

 これは、『キネマ旬報』10月下旬号のインタビューに掲載されたものだが、右か左か、白か黒かを言い切ることがしっくりこないのだという。演技における“居心地の悪さ”の原点は、ひょっとしてこの言葉にあるのではないだろうか。

 さらに本木は『永い言い訳』の主人公・幸夫と自分を比較して、「相当そのまま幸夫に近い」(劇場用パンフレット掲載のインタビューより)と、共通性を認めている。演技でありながら生々しい幸夫の存在感は、持って生まれた個性と、自身と役との重なり合いから生まれたものなのかもしれない。そういう意味では、『永い言い訳』は俳優・本木雅弘を語る上で、見逃せない作品と言えるだろう。

 なお、この作品の劇場用パンフレットには、幸夫に扮(ふん)した本木がインタビューに答えるドキュメントを収録したDVDが付いている。その中で、役と本人が絶妙に混ざり合い、本木自身の素顔がにじみ出してくるなど、大変興味深い内容となっており、こちらも必見だ。

 (ライター:井上健一):映画を中心に、雑誌やムック、WEBなどでインタビュー、解説記事などを執筆。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)


Willfriends

page top