【週末映画コラム】明治末期の北海道を舞台にした伝奇ロマン『ゴールデンカムイ』/アイゼンバーグのアイロニカルな視点が光る『僕らの世界が交わるまで』

2024年1月19日 / 08:00

『僕らの世界が交わるまで』(1月19日公開)

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 DV被害に遭った人々のためのシェルターを運営するエヴリン(ジュリアン・ムーア)と、インターネットのライブ配信でシンガーソングライターとして人気者となった高校生の息子ジギー(フィン・ウォルフハード)。

 社会奉仕に入れ込む母と、フォロワーのことしか頭にない息子は、互いに相手のことが理解できず、すれ違うばかり。そんな中、母と息子は、どちらもないものねだりの相手に引かれ、迷走していく。

 この映画の製作会社は、『ムーンライト』(16)『ミッドサマー』(19)『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(22)など、異色作を連作する「A24」。

 俳優のエマ・ストーンがプロデュースし、『ゾンビランド』(09)『ソーシャル・ネットワーク』(10)『嗤う分身』(14)『ビバリウム』(19)などで個性的なキャラクターを演じたジェシー・アイゼンバーグが監督・脚本を務めた。

 アイゼンバーグは「高い倫理観を持つ女性が、自身の子どもが、大義ではなくイメージやお金、ポップカルチャー、『いいね!』をたくさん獲得するという夢に魅了されたら、どんな反応を示すのかと考えたことが、製作の発端になった」と語る。

 その言葉通り、母と息子との心理的な葛藤、断絶が皮肉を込めて描かれるのだが、他人の面倒を見ながら自分の息子とはうまくコミュニケーションが取れないエヴリンの生き方は、どこか偽善的で自己満足なものにも見える。

 そんなエヴリンは、家庭内暴力を受けた母親と共にシェルターに助けを求めに来たカイル(ビリー・ブリック)に理想の息子像を見て過剰に世話をするが、逆にカイルにうとまれてしまう。

 一方、ジギーは同じ高校に通う聡明(そうめい)なライラ(アリーシャ・ボー)に気に入られようと、付け焼き刃で政治や環境問題を語ったり、歌を作ったりするが、ライラに底の浅さを見破られて軽蔑される。

 2人の空回りする姿は滑稽だがどこか悲しい。「あなたが世界を救うのを終えたとき」という原題は、終わりのない2人の自己愛の強さに対する反意語とも取れるのだ。このあたり、アイゼンバーグのアイロニカルな視点が光る。

 また、この映画は無力な父親(ジェイ・O・サンダース)の存在も含めて、家族内の不協和音という意味では、ロバート・レッドフォードの監督デビュー作となった『普通の人々』(80)とも通じるものがある。俳優出身の監督は、こうした題材に魅力を感じる傾向があるのだろうか。さて、この問題を抱えた母と息子が、それぞれの失敗を経てたどり着いた結論とは…。

(田中雄二)

 

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