【芸能コラム】影のある演技が示す俳優・妻夫木聡の真価 『愚行録』

2017年2月17日 / 15:36
(C)2017「愚行録」製作委員会

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 端整な顔立ちと全身から醸し出される穏やかな雰囲気。トーク番組などで目にする妻夫木聡の姿からは、好青年という言葉しか浮かんでこない。

 だが、ひとたび役に入り込めば、ごく普通のサラリーマンから一匹狼の不良高校生まで、ありとあらゆる人物になり切る演技力で、デビュー以来、20年近いキャリアを積み重ねてきた。

 そんな妻夫木の役者としての真価を示す特徴の一つが、影のある演技である。2004年の単発テレビドラマ「砦なき者」(テレビ朝日系)をそのルーツとして、10年には映画賞を総なめした『悪人』で、殺人を犯して逃避行を続ける青年・清水祐一を熱演。その暗くよどんだ瞳は、それまでの好青年イメージをくつがえし、強烈な印象を残した。

 妻夫木自身も「役者としての転機になった」と語る入魂の演技で、昨年8月2日に出演した「スタジオパークからこんにちは」(NHK)では、撮影後も2年近く役が抜けなかったことを明かしている。

 ひとたび影のある役を演じると、本人の雰囲気とは対照的なだけに、そのインパクトは大きい。これを機に、その後は続々と心に闇を秘めた人物を演じて、いずれも強烈な印象を残すようになる。

 『渇き。』(14)の悪徳刑事、『怒り』(16)で演じたゲイの会社員…。昨年公開された『ミュージアム』(16)では、連続猟奇殺人鬼・カエル男を熱演。カエルのマスクを着用した一見、リアリティーのなさそうなキャラクターを、存在感たっぷりに表現してみせた。

 そして、未解決の一家惨殺事件を追う週刊誌記者・田中武志役で、人間の底知れない闇をスクリーンに焼き付けたのが、2月18日公開の『愚行録』である。

 終始うつむきがちな表情から漂うかげりは、曇り空のような不穏な映像とマッチして、ただならぬ空気を醸し出す。自らの暗い生い立ちなど、家族の問題を抱えつつ、事件関係者に取材を続ける田中は、物語を引っ張っていく役割を担っているだけに、一歩間違えれば観客をしらけさせてしまう危険もある。だが、見る者の心をがっちりつかむ妻夫木の演技に、そんな心配は無用だ。

 冒頭、路線バスの中の登場シーンがまず素晴らしい。無名の乗客に溶け込んだ無気力そうな姿には、一目で田中という人物に興味を抱かせ、見る者を物語に引き込む力がある。満島ひかり、小出恵介ら出演者それぞれが表裏のある人物を演じるミステリーにおいて、これ以上ふさわしい語り手はいない。

 妻夫木と同世代の1980年前後生まれには、人気と実力を兼ね備えた俳優がひしめき合っている。だが、屈託のない好青年から暗い影を漂わせる人物まで、これほど振れ幅のある役を演じられる俳優はそうはいない。見た目の好青年ぶりとは異なる妻夫木の俳優としての真価を、ぜひ『愚行録』で確かめてほしい。(井上健一)


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