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【週末映画コラム】世界的なスターと恋に落ちた少女の波乱の日々を描く『プリシラ』/昭和初期を思わせるようなレトロな世界観が見もの『クラユカバ』

『プリシラ』(4月12日公開)

(C)The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

 

 1959年、西ドイツで暮らす14歳のアメリカ人少女プリシラ(ケイリー・スピーニー)は、兵役中の大歌手エルビス・プレスリー(ジェイコブ・エロルディ)と出会い、恋に落ちる。

 やがて彼女は両親の反対を押し切って、テネシー州メンフィスにあるエルビスの大邸宅(グレースランド)で一緒に暮らし始める。これまで経験したことのない華やかで魅惑的な世界に入ったプリシラにとって、エルビスと共に過ごし、彼の色に染まることが幸せだったはずだが…。

 ソフィア・コッポラ監督が、プレスリーの元妻が85年に発表した回想録『私のエルヴィス』を基に、世界的スターと恋に落ちた少女の波乱の日々を描く。

 バズ・ラーマン監督の『エルヴィス』(22)もそうだったが、これまで“エルビス伝説”の中で描かれてきたプリシラはあくまでも脇役だった。

 自分にしても、彼女のイメージはアーカイブ映像や後に『裸の銃を持つ男』シリーズでレスリー・ニールセンの相手役を務めた際のものでしかなかった。

 ところが、この映画の主役はプリシラで、逆にエルビスが脇役になるところが新たな視点として興味深く映る。しかも、プリシラが体現する60年代のファッション、ヘアスタイル、女性特有の美意識や恋愛感、独特の色使いなどは、ガーリー(少女的)カルチャーの雄とも呼ばれる、ソフィア監督ならではの素材だったと言えよう。

 この映画のエルビスにとってのプリシラは、人形かペットのような存在に映る。そんな現実感のない結婚生活が早晩破綻することは火を見るよりも明らか。やがてプリシラはアイデンティティーを発見し、エルビスから自立していくという流れになる。

 一方、エルビスのマザコンやロリコンぶり。あるいは精神世界、宗教、ドラッグへの依存。ウルスラ・アンドレス、ナンシー・シナトラ、アン・マーグレットら共演女優と浮名を流すプレーボーイぶりといった要素も描かれるが、どちらかといえば、孤独な甘えん坊、大きな子どもという印象を受ける。

 また、『エルヴィス』でも描かれていたが、エルビスはくだらない映画に仕方なく出続けながら、実はちゃんとした俳優になりたいと渇望していたことがこの映画でも描かれる。

 その点で、プリシラと一緒にハンフリー・ボガート主演の『悪魔をやっつけろ』(53)を見て、『波止場』(54)のマーロン・ブランドやジェームズ・ディーンのようになりたいと本音を語るシーンが印象に残る。

 音楽はフランス出身のロックバンド「フェニックス」が担当。劇中で肝心のエルビスの曲をほとんど流さず、「ベイビー・アイ・ラヴ・ユー」(ラモーンズ)、『ヴィーナス』(フランキー・アバロン)、「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」(ドリー・パートン)など“別の曲”で時代や心情を表現するところは、ちょっとあまのじゃくだが面白い。

『クラユカバ』(4月12日公開)

(C)塚原重義/クラガリ映畫協會

 

 探偵社を営む荘太郎(声:神田伯山)は、近頃世間を騒がせている集団失踪事件の捜査に乗り出す。目撃者はおらず、犯人の意図も不明。だが、その足取りには必ず不気味なわだちが現れる。

 手掛かりを求めて街の地下領域「クラガリ」へと向かった荘太郎は、くろがねの装甲列車とその指揮官タンネ(声:黒沢ともよ)と出会い、運命を大きく動かされていく。

 個人映像作家として活動してきた塚原重義監督が、初めて手掛けた長編アニメーション映画。集団失踪事件の謎を追って地下世界「クラガリ」に足を踏み入れた私立探偵の活躍を昭和初期を思わせるようなレトロな世界観で描いている。

 レトロな雰囲気の中で探偵が謎を追うという点では江戸川乱歩の世界を、地下鉄の描写などから『帝都大戦』(89)を思い出した。

 そんな本作は、「いま最もチケットが取れない演者」といわれる講釈師の六代目・神田伯山が声優に挑戦したことでも注目される。

(田中雄二)

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