骨髄移植によって命を救われた俳優の樋口大悟が、自身の体験に基づき、企画・原案・主演を務め、骨髄移植を待つ患者と骨髄を提供するドナーの現実を描いた『みんな生きている ~二つ目の誕生日~』が全国順次公開中だ。本作で、急性骨髄性白血病に侵された青年・桧山大介(樋口)に骨髄提供をするドナーの桜井美智子を演じたのは、TBS系の「夕暮れに、手をつなぐ」などで活躍中の松本若菜。昨年、「やんごとなき一族」(フジテレビ系)で“松本劇場”と話題を集めた怪演とは真逆の、心優しき骨髄移植のドナー役に込めた思いを聞いた。
-骨髄移植を待つ患者の苦しみやドナー側の葛藤をリアルに描いたヒューマンドラマですが、オファーを受けたときの気持ちは?
主演の樋口さんが、実際に白血病を経験し、ドナーの方から提供された骨髄液で命を救われたと聞き、「生半可な気持ちではお返事できないな」と思いました。だから、二つ返事で、というわけにはいかなかったのが正直なところです。時間的にどのぐらい、とははっきり言えないんですけど、台本がまだ出来上がっていなかったので、頂いたプロットを何度か読んでじっくり考えました。
-出演の決め手は?
表現をしている人間として、何かお手伝いできることがあるなら…と。私はドキュメンタリー番組が好きで、普段からいろいろな番組を見ていたので、骨髄バンクについても初歩的な知識はあったんです。実際に、今もドナーを待つ患者の方たちがいますし、そういうことを知っていただく映画に参加するのは、意味のあることかもしれないなと。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、それが素直な気持ちです。
-演じる上で心掛けたことは?
私が演じた美智子は、ドナーになると決めた後は、自分の中での葛藤や家族の反対もありながら、「自分が決めたことだから」と進んでいく、強い女性です。でももともとは、「そういえばドナー登録していたな」ぐらいの感じなんですよね。だから、マザー・テレサのような善意にあふれた“特別な人”ではなく、ごく普通の女性に見えるように心掛けました。
-役とご自身との距離感はいかがでしたか。
私は結婚もしていませんし、子どももいないので、「家族のために」という部分は想像するしかないんですけど、「大切な人を傷つけたくない」、「もし大切な人が同じような病気になったら、どうする?」という美智子の葛藤は理解できました。特に、本当に骨髄提供をするのかと尋ねる夫の高志(岡田浩暉)に、「もし、自分の娘が交通事故に遭って、輸血が必要になったときのことを考えるの」と答えた場面は、一人の母親としてリアルな心情だと思ったので、丁寧にやりたいと思っていました。両沢(和幸)監督も、その気持ちを酌み取ってくださり、撮影も丁寧に進めていただくことができました。
-美智子のような役は、一歩間違えると表面的な善人になってしまいそうですが、どこにでもいそうなリアルな女性に見えたところがすてきでした。
そこは意識していたところでした。そういう意味では、ドナーとして骨髄採取を終え、麻酔から覚めた美智子が真っ先に「患者さんは?」と尋ねるんですけど、医師の先生が「(採取した骨髄液が)先方に届いている頃です」と答えたとき、「よかった…」とつぶやく場面があるんです。その「よかった」は「患者さんの元に届いたんだ、よかった」だけでなく、「私も生きている、よかった」という気持ちも伝えたいと思っていました。
-松本さんは“松本劇場”と話題になった昨年の「やんごとなき一族」をはじめ、最近の「夕暮れに、手をつなぐ」や「探偵ロマンス」(NHK)などで、一癖ある人物がハマり役になっている印象があります。本作の美智子は、それらとは真逆のごく普通の人ですが、気持ちの違いなどありますか。
実は撮影順でいうと、この作品は皆さんが私のことを知っていただいた昨年よりも前なんです。もちろん、キャラクターが違うので、役の作り方などは違いますけど、そこに特別感を持つと偽善者になりそうなのが嫌だったので、今回は本当にただただ、1人の女性を生きたいという思いでいました。
-その真っすぐな芝居が、かえって新鮮な印象でした。ところで、企画・原案・主演を担当した樋口さんの本作に懸ける思いについては、どう受け止めましたか。
初めてお会いしたときから、ずっと感情が高ぶっているんです。「この映画を作りたい」という悲願が実現するということもあるんでしょうけど、「今日があるのも、ドナーの方のおかげ」という感じで、全てに対して感謝している方で。実際に生死の境をさまよう経験をしたからこそ、そういう気持ちを人一倍強く持っていらっしゃるのかなと。現場でも本番中なのに、モニターを見ながらおえつする樋口さんの声が聞こえてきたりして…。やっぱり想像するんでしょうね。自分のドナーの方が、もしかしたらこんな思いをしていたのかもって。それを見て、胸がいっぱいになりました。
-この作品を経験して、骨髄バンクやドナー登録に対する思いに変化はありましたか。
この物語には、樋口さんの気持ちが強く反映されていて、樋口さんも会うことができないドナーの方に対する感謝や、骨髄提供を受けて元気になった人たちの気持ちを代弁するような映画です。でも、現実にはうまくいかず、助からなかった命もたくさんあるはずなんですよね。だから、そういう人たちや家族の方々の思いもしっかりと刻み込んで、伝えていかないといけないのかなと。伝え方がすごく難しいんですけど、そういう気持ちは忘れずに持ち続けていたいと思っています。
-松本さんご自身、こういった社会貢献についてはどう考えていますか。
以前、『ケアニン~こころに咲く花~』(20)という高齢者介護を題材にした映画に出演したことがあるんですけど、それも「介護職のマイナスイメージを払拭したい」という思いで製作された作品でした。実際にご覧になった方から、「これを見て、介護の試験頑張ってきます」という言葉を頂くと、後押しになったのかなと思いますし、こういう作品は各地でロングラン上映されるので、そのたびに「知らなかった」「もう一回見たい」というお話を聞くことも多いんです。そういう意味で、表現を通していろんなことを想像してもらう職業の私たちにとっては、それが社会貢献の一つになっていると信じたいんですよね。
-私自身も骨髄バンクにドナー登録していますが、この映画で初めて知ることがたくさんありました。そんなふうに社会的に意義のあることを広く知ってもらえるのも、映画の価値の一つですね。
そう信じたいです。
(取材・文・写真/井上健一)