映画界の第一線で活躍する監督たちと豪華俳優陣が集結したオムニバス作品『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』が10月21日からPrime Videoで世界同時独占配信となる。ニューヨーク・タイムズ紙掲載のコラムに基づき、多様な愛の物語を描いた Amazon Original「モダンラブ」の舞台を東京に移した全7話のうち、唯一のアニメーションとして注目を集めるのが「彼が奏でるふたりの調べ」だ。この作品で主人公・桜井珠美の高校時代の同級生、凛の声を演じたのがNHKの連続テレビ小説「エール」(20)など、数々の作品で活躍する窪田正孝。収録の舞台裏や作品を通じて感じたことを語ってくれた。
-「彼が奏でるふたりの調べ」は、社会人として働く主人公・珠美が、思い通りに行かない日常を過ごす中、高校時代の同級生・凛との淡い恋の思い出をきっかけに、新たな一歩を踏み出す物語です。窪田さんが演じた高校生の凛は、他の生徒と距離を取るところがあり、ややませた印象ですが、ご自身ではどう感じましたか。
「ませている」というよりも、人となじむのが苦手で、自己表現も下手なので、誤解されやすい人なのかな、という印象です。ただ、凛は学校が好きではないし、文化祭の輪に入りたいとも思ってないんですよね。普通はまだ子どもだから、学校という社会の中で人の目が気になるし、外れてしまう恥ずかしさみたいなものもあって、友だちを作らなきゃ、みたいなことを考えるんですけど。でも、彼はそうではなく、自分の好きなものや嫌いなもの、苦手なものがすごく明確。そういう意味では、「ませている」、「大人びている」ということになるのかもしれません。
-そんな凛を演じる上で心掛けたことを教えてください。
表現が過度になり過ぎないように、ということは強く意識しました。それと、言葉のイントネーションで残そうとするのではなく、吐息と混ざってイントネーションがブレてしまうところや、“声にならない声”みたいなものも。自転車のペダルを踏み外したりするかわいらしいところにこそ、不器用な凛のリアルがあると思うので。そういう小さなポイントに見る人は引き込まれていくはずなので、そこは大事にしたいなと。
-確かに、凛の繊細な感情がよく伝わってきました。主人公の珠美役の黒木華さんとはアフレコも別だったそうですね。
そうなんです。だから、先に収録してあった彼女の声に対して、キャッチボールできているのか、いないのか、分からない微妙な具合を出せたら…と思っていました。そういう意味では、別々に収録する形でよかったのかもしれません。
-というと?
珠美と凛の間には、お互いに“初々しい恥ずかしさ”みたいなものがあるんです。だから、一緒に仕事したことがある華ちゃんと掛け合いをするよりも、「お互いに一方通行」という感じの方が、ちょうどいい“すれ違い”の作用が起きるんじゃないかなと。完成した作品を見て、その方向性は間違っていなかったと思いました。
-おっしゃるように、2人の感情は微妙にすれ違っていますね。ところで、山田尚子監督からは作品や役について、どんな話があったのでしょうか。
作品については、それほど深く話をしませんでした。先にコミュニケーションを取るのではなく、まずはセッションしてみましょう、という感じだったので。たぶん監督は、僕から出てくるものを探し出そうとしていたんじゃないかなと。おかげで今回、“声に宿るもの”がものすごくあるな、と改めて感じることができました。
-山田監督は『聲の形』(16)や「平家物語」(22)などの話題作を数多く手掛け、現在の日本のアニメーションを支える監督の一人ですが、人柄についてはどんな印象ですか。
収録後、少しお話をさせてもらいましたが、短い時間でも、アニメーションを愛していて、作ることが大好きで、学びをやめない方なんだな、という印象が強く残りました。山田監督の作品では以前、『聲の形』を見ましたが、あの映画も今回のように“青春もの”だったので、そこにも何か特別な思い入れがあるのかなと。そういう意味では、この作品にも監督の愛情がすごく詰まっていますよね。
-話は変わりますが、大人びている凛に比べて、主人公の珠美は「自分は何者でもない」と悩みながら10代から20代を過ごす中、時々酒の力を借りてストレスの解消をしているごく普通の女性です。その姿に共感する人は多いと思いますが、窪田さんの10代、20代はいかがでしたか。
二十歳になった時のうれしさは特別で、翼を手に入れたような無敵感がありましたよね。お酒はそんなに得意じゃないので、珠美のように飲んで気が大きくなることはなかったですけど(笑)。とはいえ、仕事でもがき、辞めようと思った時期は僕にもありました。でも、今振り返ってみると、辞めなくてよかったなと。それぐらい、続けたことで芝居の面白さに気付くことができた瞬間がたくさんありましたから。毎日たくさんの人に会うことで、人に興味が持てるようになったことも、大きな変化かもしれません。
-では、珠美のように「自分は何者でもない」と悩む人に窪田さんが言葉を掛けるとしたら?
難しいですよね…。でも、何者かになろうとしなくていいんじゃないかと思うんです。呼吸するのと同じぐらい当たり前のこととして、その人の「個性」が存在しているのに、そこに何かを付け足す必要があるのかなと。武器を持ったことで背負うものもあるし、自分で「能力がない」と思っているところに、実は能力が隠れているのかもしれませんし。そこは人それぞれじゃないかなと。もちろん、「誰かのようになりたい」「あの人を目指したい」とリスペクトしたり、ライバルがいたりすることも大事だとは思います。でも一番は、「自分が本当はどうしたいのか」を見失わないことじゃないでしょうか。
-その通りかもしれませんね。それでは、窪田さんの前に珠美のように悩んでいる人がいたら、どんなアドバイスをしますか。
「サウナ行ったら?」ですかね(笑)。悩みはみんな尽きないでしょうけど、人生を振り返ったとき、そういう悩みって、早送りしたら画面にも映らないぐらい一瞬のことで、宇宙規模で見るとちり以下の小さなことだと思うんです。そう考えたら、そんなに重く考えなくても、たいていのことは何とかなるんじゃないかなと。僕も先日、ベネチア国際映画祭に行ったとき、珍事件がいろいろとあったんですけど、結果的に何とかなりましたから。だから、悩んだらとりあえずサウナに行って、整ってくることをお勧めします(笑)。
(取材・文・写真/井上健一)