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【インタビュー】『よこがお』筒井真理子「深田監督の幹が、どんどん太くなっていく様子を頼もしく見ていました」 深田晃司監督「溝口健二監督の名作『西鶴一代女』をイメージしました」

 第69回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門審査員賞を受賞し、世界の注目を集めた『淵に立つ』(16)から3年。深田晃司監督が、同作で名演を披露した筒井真理子を主演に迎えたヒューマンサスペンス『よこがお』が7月26日から全国ロードショーとなる。訪問看護師として真面目に生きてきた女性・白川市子の転落と復讐(ふくしゅう)を、磨き上げられた脚本と演出、卓越した演技でつづった見応えたっぷりの衝撃作だ。2度目の顔合わせとなった2人が、公開を前に作品の舞台裏を語ってくれた。

深田晃司監督(左)と筒井真理子(ヘアメーク:在間亜希子〔MARVEE〕/スタイリスト:齋藤ますみ)

-この作品が生まれた経緯を教えてください。

深田 最初にプロデューサーと話していたのは、女性3人を主人公にした群像劇でした。ただ、僕の中に筒井さんとやりたいという思いがあったので、やっぱり1人の女性にフォーカスした物語にしようと。それからシノプシス(あらすじ)を書き始め、ある程度出来上がった時点で、筒井さんに読んでいただいたところ、「一度会いましょう」ということになりました。雑談を交えて感想を話し合い、筒井さんの実体験から脚本に取り入れたアイデアもあります。

筒井 事前にお話ができると、作品の空気が捕まえやすいので、役者としては助かりました。深田監督とは、『淵に立つ』でカンヌ(国際映画祭)に行ったときも、「これがゴールじゃないよね」と言っていたので、お話を頂いてうれしかったです。

深田 僕は当て書きが多い方ですが、脚本を書く前に役者さんと会える機会はなかなかありません。そのためには、お互いの信頼関係もなければいけませんから。とてもぜいたくな時間を頂いたと思っています。脚本を書く上では、あらかじめ筒井さんに決まっていたことも大きかった。映画の脚本の場合、小説や漫画と違い、その役を第三者に演じてもらわなければいけません。そのため、「ここまで書くと、難しいかも…」とブレーキがかかってしまうことがある。でも、筒井さんには「ここまで演じていただけるはず」という信頼感がありました。だから、筒井さんというモチーフを、いかに魅力的に見せるかという方向で脚本を膨らませていくことができました。

筒井 出来上がった台本を読んでみたら、とても珍しいアクションがあったので、「面白い!」と。でも、すぐに「そうか、私がやらなきゃいけないんだ」と思って(笑)。そこに関しては、挑戦する気持ちで臨みました。一応、「世界初の女優のアクション」という触れ込みになっているので、楽しみにしていただければ(笑)。

-主人公・市子の感情の微妙な揺らぎを捉えた筒井さんの演技に引きつけられました。演じる際に、深田監督ならではだなと感じた部分はありますか。

筒井 安心感がありますね。「深田監督だったら、深いところまで掘っていっても大丈夫」という。『淵に立つ』のときに、「これは監督が撮りたいもの」という部分と、「この辺は泳がせてくれるだろう」という部分のさじ加減が分かったので、今回はさらに安心して遠くに行けるようにもなりました。

深田 そう言っていただけるとうれしいです。ただ、僕としては安心できる現場を作ることはもちろんですが、それ以上に意識していることは、安心できる脚本を書くことです。

-安心できる脚本とは?

深田 映画やテレビドラマを見ていて、「演技がよくない」と感じるときは、脚本で失敗していることが多いんです。そうすると、俳優がそれを何とか成り立たせようとして、演技が過剰になる。それが見る人に、「演技が下手」と映ってしまう。そういう状態を、僕は「俳優の荷物が増える」という言い方をしていますが、俳優にはできるだけ荷物がない状態で、自由にカメラの前で演じてもらいたい。よくできた脚本であれば、一から十まで説明しなくても、物語の構成や人物関係の変化の中で、その人が喜んでいるのか、悲しんでいるのか、お客さんに想像させることができますから。常に、そういう脚本を目指しています。

筒井 確かに、深田監督の脚本には「言いづらい」と感じるせりふは、ほとんどありませんね。ト書きも、とても丁寧ですし。

深田 逆に言えば、言いづらいせりふがあったとき、「言いづらい」と言えるのが、俳優と監督の関係としては理想です。俳優は“炭鉱のカナリア”のような存在で、身体化して演じる際に、監督が見過ごしている脚本の問題点、つまり、言いづらいせりふややりづらい芝居に、一番最初に気付くはずなんです。だから、率直に話し合える関係でいたいな…と。

筒井 深田監督とは、そういう関係が出来上がっていました。気になることがあったときは、何でも言い合える安心感がありました。

-男性が女性を描く場合、しばしば男性に都合のいい女性像になりがちです。そのあたりは、どんなふうに意識しましたか。

深田 僕はあくまでも男性なので、常にそういった危険性があると思っています。そのため、脚本を書くときは、その人物が男性か女性かということを忘れて、フラットな目線で向き合うことを心掛けています。だから、僕の脚本では「…だわ」といった、いわゆる“女性言葉”は使いません。そうすると、“男性らしさ”、“女性らしさ”から逃れることができ、結果的に「女性のことが分かっている」と言ってもらえたりする。それは、経験則的に学んだことです。

筒井 (共演者の市川)実日子ちゃんとも話していましたが、女性の心情を書ける男性の作家さんがなかなかいない中、深田監督は一気にそこを飛び越えて、「分かる、分かる」と共感できるところに行くんです。そこがすごいな…と。

-物語は過去と現在が並行して進みますが、撮影はどのように?

深田 大きくは時系列順です。まず過去の場面を撮影して、その後に現在。ただ、それぞれの中で撮影が前後する部分も多かったので、演じるのは大変だったでしょうね。

筒井 その辺は、台本に細かく書き込みをしながらやっていきました。市子の微妙な変化や疲弊度合いが大事なので、そこを取り違えてはいけないと思って。例えば「この辺ではまだ花びらが一個落ちた程度だから大丈夫」、「ここでは支えていた“がく”が取れてしまった」、最後は「花びらがなくなって茎だけで立っていたのが、ポキッと折れる」みたいなニュアンスで。疲弊したところを先に撮っていたりするので、それを見ながら「このシーンはこれぐらいかな」と感情を戻していったり…。

-『淵に立つ』に続く2度目の顔合わせとなった本作で、改めて感じたお互いの印象は?

深田 実は今回、僕の中では溝口健二監督の名作『西鶴一代女』(52/ベネチア国際映画祭国際賞受賞作)をイメージしていました。あの作品では、田中絹代さん演じる主人公が、高貴な立場から社会的に転落していく様子を延々と追い掛けていく。偉大な映画なので比較するのは恐れ多いことですが、それを筒井さんでやれたのは、本当にぜいたくな体験だったなと。やっぱり、強い俳優でなければできませんから。その中で、感情の変化を見せていく主人公に、筒井さんがどう向き合っていくか。そこに一緒に取り組み、目の当たりにできたことは、とても幸せでした。

筒井 うれしいお言葉です。私の方は、深田監督の映画監督としての幹が、どんどん太くなっていく様子を頼もしく見ていました。その幹に、これからどんな色がついていくのかなと、今後がますます楽しみになってきました。ぜひまたご一緒したいです。

深田 次はぜひ、筒井さんが舞台で培ってきたコメディエンヌとしての実力を生かして、コメディに挑戦してみたいですね(笑)。

(取材・文・写真/井上健一)

(c)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

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