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「どうする家康」第25回「はるかに遠い夢」 家康に告げた瀬名の最期の言葉が意味するもの【大河ドラマコラム】

「あなたが守るべきは、国でございましょう」

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「どうする家康」。7月2日に放送された第25回「はるかに遠い夢」で、主人公・徳川家康(松本潤)に向かって、最期の時を迎えた妻の瀬名(有村架純)が語った言葉だ。

瀬名役の有村架純 (C)NHK

 前回、各地の大名が同盟を結び、平和な世を作るという瀬名と息子・信康(細田佳央太)が進めていた極秘の計画が、武田勝頼(眞栄田郷敦)の裏切りによって、織田信長(岡田准一)の知るところとなる。これを受けた家康たちの対応を描いたのがこの回だった。

 激怒した信長から事の後始末を命じられた家康は、迷ってばかりの普段とは打って変わって、「信長を、世を、欺く」と即座に決断。計画の首謀者だった瀬名と信康に身代わりを立て、腹を切るふりをしてひそかに逃がそうとする。

 ところが、瀬名と信康はその計画を受け入れず、自らの命を投げ出そうとする。こうして瀬名が湖の畔で自ら命を絶とうとした際、駆け付けた家康は、かつて離反した今川領に瀬名たちを残してきたときの後悔を思い出し、瀬名にこう告げる。

 「わしはかつて一度、そなたたちを見捨てた。わが手に取り返した時、わしは心に決めたんじゃ。二度とそなたたちを見捨てんと。何があろうと、そなたたちを守っていくと。守らせてくれ」

 これに対する瀬名の回答が、冒頭に引用した言葉だ。せっかくの救出計画が無駄になった家康の心中を思うと胸が痛む。だが仮に、計画通り瀬名と信康が生き残ったらどうなっていただろうか。いずれは2人の生存が信長の耳に入り、徳川と織田の関係が決裂していた可能性が高い。それどころか、武田勝頼の思惑通り、合戦になっていたかもしれない。そうなれば、家康はもちろん、国は危機にひんし、領民までもが苦しむことになる。家族のことで周りが見えなくなっていた家康とは違い、それを理解した上での瀬名の言葉だったに違いない。

 この回の瀬名の行動で、もうひとつ印象的だったことがある。湖の畔にたどり着いた際、待機していた自分の身代わりの少女を「行くがよい。家にお帰り」と解放したことだ。家康は、瀬名と信康を助けるため、「身代わりとすり替える」という服部半蔵(山田孝之)の計画を採用した。だがそれは、2人の代わりに罪もない人間の命を奪うことを意味する。瀬名と信康を救うことで頭がいっぱいだった家康が、それに気付いていたのかどうかはわからない。いずれにしても、自分の家族のために領民を犠牲にしようとしたことは確かだ。だが、瀬名はそれを良しとしなかった。

 では、瀬名はなぜ、そこまで国や領民のことを考えていたのか。それを考えるヒントになりそうなのが、第10回で築山に移り住んだとき、瀬名が家康と於大の方(松嶋菜々子)に語っていた次の言葉だ。

 「一向宗の一揆で、民の声を聴くことが、いかに大事か思い知りました。私は里にいて、民の悩みや願いを聞き、それを殿にお届けしたい。里と城を私がつなぎたいと、殿にそうお願いをし、この築山を頂きました」

 こうして築山で日々、民の声を聴き、その存在を身近に感じてきた瀬名だからこそ、自らを犠牲にして家康と国を救うこの回の最期の行動につながったのではないだろうか。冒頭に引用した言葉は、そんな瀬名が、自分の家族と国や領民を天秤にかけた場合、選ぶべきは後者であると、為政者の果たすべき義務とその過酷さを改めて家康に伝える言葉でもあった。

 家康がそんな瀬名の思いに気付いたのかどうか、分からない。だが、その思いをくみ取って前に進んでいけるかどうかが、ひとつのターニングポイントになりそうな気がする。次回予告に登場する月代(さかやき)を剃った姿は、家康の大きな変化を予感させる。今後の展開に期待したい。

(井上健一)

瀬名役の有村架純(左)と徳川家康役の(松本潤) (C)NHK