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【大河ドラマコラム】「麒麟がくる」 新章「京~伏魔殿編」の波乱を予感させた第二十八回「新しき幕府」における足利義昭の姿

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「麒麟がくる」。10月18日放送の第二十八回「新しき幕府」では、織田信長(染谷将太)と共に上洛を果たした足利義昭(滝藤賢一)が将軍に就任。光秀(長谷川博己)も幕臣に加わり、幕府の新体制が始動するが…という展開だった。

足利義昭役の滝藤賢一

 今回、印象的だったのが、幕を開けた新章「京~伏魔殿編」の中心人物となる将軍・義昭の多彩な表情だ。これまでは、仏門で育ったという生い立ちもあり、貧しい人々の暮らしに思いをはせ、世の中を平和にしたいという理想を持つ好人物として描かれてきた。だがこの回では、将軍という立場に就いたことで、今まではと違った一面を垣間見せた。

 武将たちの議論が割れる評定の場で見せた困惑の表情、将軍就任の際の緊張と不安が入り交じった顔。さらに、敵の襲撃を受けた際は、似合わないよろいに身を包み、刀をお守りのように握り締め、床下に身を隠す…。

 その姿は、気品あるたたずまいと“剣豪将軍”の名に恥じない堂々たる散り際を見せた兄・義輝(向井理)とは対照的。結果的には、人柄の良さを感じさせつつも、「将軍としては頼りない」という印象を残すこととなった。そんな義昭を、光秀がいかに支えていくのか。それが今後の見どころだとも言えるだろう。

 そしてもう一つ、義昭の命運を左右する信長との関係も印象的に描かれた。自らの上洛を支援してくれた信長に「兄とも、父とも、と思うておる」と絶大な信頼を寄せる義昭。これに対して信長は、「身に余るお言葉、かたじけのう存じまする」と臣下の立場で答える。

 一枚岩にも見える2人だが、将軍の御座所となる二条城の建設現場で両者が対面するクライマックスが、その先行きに暗い影を落とす。仏を恐れず、古い石仏を砕いて城の石垣に利用しようとする信長。そこに現れた義昭は、工事の進捗に満足し、信長の手を握ってうれしそうに「この手、離さぬぞ」と告げる。

 この場面、義昭はかたわらに置かれた石仏には気付いていないが、僧侶だった義昭が、信長の石仏破壊を受け入れられるとは思えない。あたかも、信長の本性に気付かない義昭の人柄を象徴すると同時に、相いれない両者の行く末を暗示するかのような一幕。ワンシーンで空気を一変させ、言葉とは正反対の波乱を予感させた演出は圧巻だった。

 脚本の池端俊策は、放送開始前のインタビューで本作執筆の経緯について「『太平記』(91)で室町幕府を開いた足利尊氏を書いたので、以前から室町の終わり、最後の将軍・足利義昭を書きたいと思っていました」と語っている。それほど思い入れのある義昭をどう描くのか、期待を込めて見守ってきたが、滝藤の好演もあり、「室町幕府を滅亡させた愚者」という既存のイメージを覆す魅力的なキャラクターに仕上がっている。

 その義昭と室町幕府が、どんなふうに終焉(しゅうえん)を迎えるのか。そしてそれは間違いなく、光秀と信長の今後にも大きく関わってくるはずだ。近衛前久役の本郷奏多、二条晴良役の小籔千豊、摂津晴門役の片岡鶴太郎ら一癖ある役者も出そろった新章「京~伏魔殿編」。これからの展開が楽しみだ。(井上健一)