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コロナ禍で何度も公開が延期になった「007」シリーズ25作目の『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』が10月1日から公開された。監督は日系アメリカ人のキャリー・ジョージ・フクナガ。アメリカ人が監督をするのは「007」シリーズ初となり、日本的なシーンも登場する。
現役を退きジャマイカで穏やかな生活を送っていたボンド(ダニエル・クレイグ)のもとに、CIA出身の旧友フェリックス(ジェフリー・ライト)が協力を求めて訪れる。誘拐されたロシアの科学者を救出するという任務に就いたボンドは、世界に脅威をもたらす最新兵器を有する組織の黒幕サフィン(ラミ・マレック)と対決することになる。
従来の「007」シリーズは、敵味方共に、複数回登場したキャラクターはいたが、基本的には単独作品として製作されてきた。だが、ダニエル・クレイグ版のボンドシリーズは、初登場の『007/カジノ・ロワイヤル』(06)から『007/慰めの報酬』(08)で、ボンドがエージェントとしての道を歩み始めた過程を描き、『007/スカイフォール』(12)では、ボンドの生い立ちにまつわる秘密を明かした。
そして前作の『007/スペクター』(15)のラストでは、ついにボンドは引退を決意し、恋人となったマドレーヌ(レア・セドゥ)と共に去っていく様子が描かれた。
このように、ダニエル・クレイグ版は、連続性を持ったシリーズとして作られ、アクションアドベンチャーというシリーズの基本を踏まえながら、同時にボンドの葛藤や苦悩、光と影も描いてきた。そこには完全無欠ではないヒーローの姿があった。
シリーズ初作の『007/ドクター・ノオ』(62)以来、敏腕スパイとして世界を股に掛け、女性にモテるジェームズ・ボンドは、男のロマンの体現者として憧れの的だった。また、毎回変わる相手役の美女たちは“ボンドガール”と呼ばれてもてはやされたが、今やボンドは、場合によってはセクハラ男とされかねないし、ボンドガールは女性蔑視の事例となるご時世。それ故、ボンドや女性キャラクターたちの描き方も、時代に応じて変化してきたのだ。
本作では、前作に続いてマドレーヌとの恋の行方を追いながら、一度引退したボンドが現役に復帰する様子が描かれる。そして、ボンドにまつわる新たな秘密が明かされ、あっと驚くような結末も用意されている。
これは、共同プロデュースも兼任したクレイグが、自身のシリーズ完結編として、ボンドがたどった複雑な感情の遍歴に自ら終止符を打ったことになる。正直なところ、2時間44分は少し長く感じるが、そこはクレイグの思いが詰まった結果と解釈した。
また、本作のエンドクレジットのバックには、ジョン・バリー作曲でルイ・アームストロングが歌う「愛はすべてを越えて」が流れる。この曲は、「007」シリーズ中、最もロマンチックな一編とも言われる『女王陛下の007』(69)で使われたもの。わざわざこの曲を選んだところに、作り手たちの本作に対する姿勢が反映されているとも考えられる。(田中雄二)